表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/47

別れ


鈴の部屋の窓をそっと開けると、夜風がカーテンを揺らした。

そこにはもう、俺の姿に慣れた彼女がいて、まるで来るのを分かっていたかのように微笑んでいた。


「こんばんは。いらっしゃい。」


「ああ」


あれから、鈴の部屋を訪れるのが俺の日課みたいになった。

誰にも気づかれないように、警備員の目を盗んで庭を抜けて――

月明かりの中、俺たちは少しずつ距離を縮めていった。


最初はぎこちなかった会話も、今では自然にタメ口になっている。

まるで、壁だったはずの彼女の心が、少しずつ扉を開いていくように。


ベッドサイドを通り抜けて、バルコニーのドアをそっと開ける。

外は肌寒いが、不思議と心地よい。

校舎の灯りはすでに落ちていて、夜の世界には、風と虫の音だけが漂っていた。


「最近、夜の風が気持ちいいね」


鈴が柵にもたれ、空を見上げる。

ちょうどその時、月が雲の隙間から顔を出した。


「……こうしてると、不思議な気分になるな」


俺も隣に立ち、手すりに肘をかける。


沈黙の中、しばらく夜空を見つめていた。

やがて、俺は静かに口を開く。


「……俺には、相棒がいたんだ」


その声は、風の音にまぎれてしまいそうなほど小さかった。


「前にも言ってたわね。あの曲、レオとその人が作ったって」


鈴の横顔がちらりとこちらを向く。


「ああ。……そいつは、バカで……天才で……明るくて、うるさいくらいに前向きだった。

音楽が好きで、夢の話ばかりしててさ……」


夜の静けさに紛れて、胸の奥から記憶がにじみ出す。

あの笑顔も、あの声も、まだ耳に残っている。


「……いたってことは、今はもう……?」


鈴の声が少しだけ沈む。

俺は風の中に答えを流すように、目を閉じて言った。


「……でも、今も探してる。どこかにいる気がして、ずっと」


そう言いながら、隣にいる彼女を見た。

記憶を失っても、音を忘れても――きっと、辿り着けると信じている。


「……きっと、また会えるよ」


鈴がぽつりとつぶやく。


「そんな気がする」


――彼女はまだ気づいていない。思い出していない。


「……ああ。俺も、そう思う」


触れそうで、触れられない。けれど、それでいい。

いつか、この音が、君に届くその日まで。


────────

 

鈴と別れ、宿へ戻る帰り道。

あたりはすっかり暗く、街灯の灯りだけが頼りだった。

一人、歩きながら――俺は、あの日のことを思い出していた。

すべてが、終わったあの日のことを。



「鈴ー!! どこだ!!」


ショッピングモールの中は、まるで地獄だった。

逃げ惑う人々。崩れ落ちる天井。すべてを覆い尽くす炎と黒煙。

口元を袖で覆い、必死に名前を呼ぶが――声は、うまく通らない。


くそ……なんで、別行動なんてしたんだ。

こんなことになるなんて、思わなかったのに。


「……けて! 誰かっ! 熱い……!」


その声が、聞こえた瞬間。

全身に鳥肌が立った。


「鈴……?」


声は、瓦礫の向こう側からだった。


「怜央……?」


確か、あっちは火元の方だ。危険すぎる。

それでも――行かない選択肢なんて、あるはずがなかった。


どうすればいい……考えろ、考えろ……!






 


「聞いて、怜央……」


鈴の声が、小さく、震えていた。

泣いているのか、それとも苦しさからか。

その震えは、俺の心まで締めつけた。


「私ね……怜央と、音楽ができて……幸せだったよ」


「おい、鈴! 何言ってんだよ!」


「海外……行きたかったなぁ。世界に、私たちの音を届けたかった……。もっと、音楽やりたかった……」


「まだ助かる方法があるかもしれねぇだろ!? 勝手に締めくくるなよ、しっかりしろ!!」


瓦礫を必死に掻き分ける。

けれど、火と熱気で手が焼けるように痛い。

煙に目も霞み、鈴の姿は見えない。


「足が……挟まってて、動けないの。

頭も……ぼーっとしてきて……あついよ……」


「今、行くからな!絶対助けるから!!なぁ!!」


肺に残った空気を振り絞って、叫ぶ。

けれど、瓦礫はびくともしなかった。


そのときだった。


「怜央……」


かすかに聞こえた声の方へ、そっと手を伸ばす。

触れたのは、冷たくも熱くもない、ただの重い塊。

それでも――その向こうに、鈴がいる気がした。


まるで、瓦礫越しに手と手が触れ合っているような、不思議な感覚。

実際には何も触れていないのに、温度もぬくもりもないのに――

それでも、確かに“繋がっていた”。


「本当に…………幸せだった……」


「バカ野郎……お前……まだ死ぬなよ……!」


「……ありがとう。楽しかったよ、全部。音楽も、みんなも……怜央も……」


「鈴?鈴!!おい、答えろよ!!」


それを最後に、鈴の声が、途切れた。


「……嘘だろ……?」


目の前が真っ白になった。

返事をしてくれ。……お願いだ。

まだ、やりたいこと、たくさんあっただろ。


息が、苦しい。

頭が回らない。

視界が、にじんでいく。


これが、俺の最期か……?

まさか、火事で死ぬなんてな……


結局、父さんに認めてもらうこともできなかったな。

俺が死んだら、どんな顔するんだろうな……

いや、あの人はきっと――


興味なんて、ないか……


――神様。もし、本当にいるなら。


もう一度、鈴と……あいつらと、音楽ができますように――



「大丈夫ですか!?」


視界の端に、防火服の人影が飛び込んできた。


「こちら、要救助者1名発見! 一酸化炭素中毒の疑いあり!」


消防士たちの声が、遠くで響いている。


……俺なんかより、あいつを……


最後の力を振り絞り、瓦礫の向こう――

鈴のいた方角を、指さした。


「まさか……!」


「おい! こっちにも1人いるぞ!」


「新たに1名発見! 足を挟まれ、頭部に損傷のある少女を確認!」


「君!しっかり!意識を……!」


───こうして、一ノ瀬怜央としての人生は、終わりを迎えた。



「ーー次のニュースです。

昨日、大型ショッピングモールで発生した火災により、人気バンドRe:noteのメンバー4人が死亡したことが確認されました。」



そして――次に俺が目を覚ましたのは、

見たこともない、山に囲まれた世界だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ