月の下で
「そうか、成功したか。良かったな!」
レオが、まるで自分のことのように嬉しそうに笑った。
私は、学園視察で音楽活動を正式に認めてもらえたことを報告した。
「レオのアドバイス、本当に助かったよ。おかげで緊張が和らいだ。ありがとう」
「いーえ」
穏やかなその声に、胸の奥がふわりと温かくなる。
⸻
「ねえ、今日……また夢を見たの」
ふと話題を変える。ずっと気になっていたこと。
「夢?ああ、なんかよく見るって言ってたな。どんな内容なんだ?」
「なんか……すごく明るい場所で、いろんな音が重なって響いてて……すごく綺麗だったの」
私は、ぽつぽつと夢の情景を語った。
「隣に……誰かがいた気がするの。顔はよく覚えてないけど……その人がいたから、安心できた」
レオはしばらく黙っていた。でも、次の言葉は確信を持っていた。
「……そいつ、笑ってた?」
「……えっ」
図星だった。記憶の中のその人は顔は見えないが、たしかに笑っていた。
「なんでわかるの?」
「さあ……勘、かな」
照れくさそうに笑うその横顔に、また胸がきゅっと締めつけられる。
わからない。どうしてこんな気持ちになるのか、うまく言葉にできない。
でも、ひとつだけはっきりしている。
──レオと過ごすこの時間が、私にとってとても大切だということ。
空気が、少し冷たくなってきた。
「……もう少しだけ、話しててもいい?」
「……ああ」
その一言に、思わず口元がほころぶ。
「また来てくれますか?」──そうは聞かなかった。
だって、きっと彼は……来てくれる。そんな気がしたから。
夜風が、そっと私の髪を撫でる。
その風の中に、ほんの一瞬だけ、懐かしい音が混じった気がした。
⸻
俺は静かに口を開いた。
「……俺には、相棒がいたんだ」
「前にも言ってたね。パーティーの曲、レオとその人が作ったって」
「ああ。……そいつは、バカで……天才で……明るくて、うるさいくらいに前向きだった。音楽が好きで、夢の話ばかりしててさ……」
夜の静けさに紛れて、胸の奥から記憶がにじみ出す。
あの笑顔も、あの声も、まだ耳に残っている。
「……いたってことは、今はもう……?」
「見つけられないんだ。昔別れたきりそのまま。」
「……そう」
鈴は何も知らない顔で悲しそうに言った。
(……思い出すわけねえか。)
俺たち一緒のステージたってたんだぜ。
毎日音楽の話ばっかしてさ。
ほんと……楽しかった。
「きっと大丈夫よ。見つけられる。」
笑顔で言ってくれた言葉に余計胸が締め付けられる。
「ありがとう。」
そう言いながら、隣にいる彼女を見る。
記憶を失っても、音を忘れても――きっと、辿り着けると信じている。
「……きっと、また会えるよ」
鈴がぽつりとつぶやく。
「そんな気がする」
彼女はまだ気づいていない。思い出していない。
「……ああ。俺も、そう思う」
触れそうで、触れられない。けれど、それでいい。
いつか、この音が、君に届くその日まで。
ふとあの日のことを思い出す。
なあ、覚えてるか?初めて出会った日のこと。
──────────
あれは、小学4年生の夏休み。
完成させたオリジナルのメロディーを、父さんに聴いてもらおうと、仕事部屋へ向かった。
昔から、父さんの作曲する姿を見てきた。
曲作りを、耳で、背中で、感じてきた。
将来は父さんのような作曲家になりたいと思っていた。
転校したばかりで友達もいなかったけれど、むしろその孤独が、創作にはちょうどよかった。
「少しは友達と遊んできたら? きっと楽しいよ」
母さんはそう言っていたけれど、曲作りのほうが楽しかった。
それでも――
「なんだ、そのメロディーは。笑わせないでくれ、下手すぎる。今、俺は忙しいんだ。子どもの遊びに付き合ってる暇はない」
父さんは一度も目を見ず、音だけを切り捨てた。
本気で作った音楽だったのに。
認めてもらえると思っていたのに。
胸の奥がぐしゃっと潰れるようで、俺は家を飛び出した。
引っ越したばかりの土地。気づけば、公園にいた。
滑り台の上で、空を見上げる。
「認めてもらえなかったな……」
ぽつりとつぶやいて、メロディーを口ずさむ。
……その時だった。
背後から、声がした。
「素敵なメロディー! なんて歌?」
――その声に、世界が変わった。




