認めて欲しい
「最近、音楽をやっているそうだな。」
いつも通りの朝食のはずだった。
学園が夏休みに入り、久しぶりに家族全員が揃った朝の食卓。けれど父のその一言で、胸に広がっていた幸せな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
……どこから情報が漏れたのだろう。さすが、この国を動かす宰相。侮れない。
「しかも、楽器を触るだけでなく歌まで歌うとはな。」
「あ、あの、少しだけ……興味が出てきて……」
「それは、将来に必要なことか?婚約の申し込みまで来ているんだ。今やるべき事ではない。」
鋭い声が、胸の奥を貫く。
言い返せなかった。貴族令嬢としての務めは、家の名誉と地位を高めること。そのための教育を小さな頃から受けてきた。音楽は、そこに含まれていない。
「必要ないならやる意味もない。やめろ。」
その言葉が、重くのしかかる。
「やめろ」という父の声が頭の中で何度もこだまする。
……そうだ。音楽なんて、この先必要ない。
ほんの少し、今だけ興味があるだけ。
だから……
「───お言葉ですが、父上。私は、音楽をやめるつもりはございません。」
「……なんだと?」
父の険しい視線が突き刺さる。けれど、私は目を逸らさなかった。
生まれて初めて父に、反抗した。
「確かに、貴族令嬢に音楽は不要かもしれません。ですが私はその素晴らしさに触れてしまいました。もう、知らなかった頃の自分には戻れません。どんなに否定されようと、私は音を奏でることをやめません。」
重たい沈黙が部屋に流れる。
その静けさを破ったのは、母だった。
「まあ……この子がそこまで夢中になれるものに出会えたなんて。私は嬉しいわ。自分の気持ちをはっきり言えるようになったのも、立派な成長だと思いますよ。」
「そうだよ父さん!リリーは音楽の話をしてるとき、すごく楽しそうなんだ。やめろ、なんてあんまりだよ!」
母と兄が、私のために声をあげてくれる。
父はしばし目を閉じ、そしてゆっくりと口を開いた。
「……そこまで言うのなら、私を納得させるだけの音楽を奏でてみせろ。」
「……納得、ですか?」
「ああ。必要ないと思えば、すぐにでもやめさせる。────ちょうど一週間後、国王陛下とともに学園へ視察に行く予定がある。その場で演奏してみせろ。」
「なっ……!父さん、それは無茶だよ!護衛や関係者で、かなりの人数になるはずだ。リリーがそんな大勢の前で――」
「それほど口答えしたのだ。できるはずだろう?」
父の瞳が、私をまっすぐ射抜く。
漆黒に若干青みがかった父の目を見て思う。
……この瞳。こんな色をしていたんだ。あまりに見なかったせいで、忘れていた。
これは、最初で最後のチャンス。やっと、父が私を"見た"。
「……わかりました。やります。」
「リリー!?」
「無理しないでいいのよ……?」
ごめんなさい。
せっかく止めてくれているのに、私は……
けれど、伝えたい。父上にも、私が出会ったこの音楽の素晴らしさを。
「大丈夫です。言ったからには、やり遂げてみせます。音楽の力を、証明します。」
⸻
「――というわけで、協力してくれない?」




