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出会い


あの演奏が、まだ耳に残っている。

心を揺らす、あの音が。


いつもならとっくに眠っているはずの時間なのに、今夜はどうしても眠れなかった。

どこかで聞いたことがある気がするのに、思い出せない。


「もう一度……聞きたいな」


ぽつりと呟いた瞬間、窓の方からコツッと音がした。

最初は気にしなかったが、何度も続くうちに、さすがに変だと思って窓へと向かう。


窓を開けると、月が雲に隠れていた。

ひんやりとした夜風が、カーテンを揺らす。


「……何も、ない……」


そう呟いて部屋へ戻ろうとした、その時だった。


「こんばんは」


「っ?!」


驚いて振り返る。ベランダの手すりに、見覚えのある人影が立っていた。


「レ、レオさん……?」


そこにいたのは、今日の演奏で強い印象を残した、あの青年――レオだった。


「どうしてここに……!?ここ、公爵家ですよ。警備も厳しいはずなのに……」


「ええ。承知してます」


彼は静かに答え、視線を庭へと落とす。

そこには、見張りについていたはずの近衛兵が、静かに眠っていた。


「まさか……眠らせたんですか?」


「はい。薬を少しだけ。害はありませんので、ご安心を」


「……信じていいのかわかりませんけど」


「まあ、警戒されるのは当然です。こんな時間に忍び込んだわけですし」


さらりと返すその口調は淡々としていて、不思議と怒る気にはなれなかった。


「それで、何の用ですか?こんな危険まで冒して来るなんて、理由があるんでしょう?」


「ええ。リリー様と話がしたくて、来ました」


「……え?」


「演奏、どうでしたか?」


思わず沈黙する。けれど、答えはもう決まっていた。


「……とても素敵でした。本当に、心が揺さぶられるようで……。涙が出て、自分でも驚いたくらいです」


レオはその言葉に、少しだけ表情を緩めた。


「それを聞けて、良かったです」


「まさか、感想を聞くためだけに来たんですか?」


「はい。それだけです」


即答だった。拍子抜けするほどに。


レオは小さく笑った。その顔は普段の無表情とは違って、どこか柔らかく見えた。


「…知らないはずなのに、懐かしいような、そんな気がしました。とても心に響きました。」


「その言葉が聞けてよかった。」


それ以上、彼は深く踏み込もうとはしなかった。

その穏やかな口調に、少しだけ胸が落ち着いていく。


「また、演奏されるんですか?」


「はい。機会があれば。……そのときも、聴いていただけたら嬉しいです」


「もちろん。必ず」


自然と、そう口にしていた。

もう一度、あの音に包まれたい。そう思えたから。


「じゃあ、そろそろ戻ります。衛兵が目を覚ます前に」


「……本当に、大丈夫なんですか?」


「ええ。慣れてますから。……それに、帰れなかったら困りますしね」


レオはベランダの手すりに、軽やかに足をかけた。


「あの!」


考えるよりも先に、私は声をかけていた。


「また来てくれませんか?もっとお話、したいです」


レオはわずかに目を見開き、すぐに微笑んだ。


「もちろん」


そう言うと、彼は静かに夜の闇へと消えていった。


「……変な人」


でも、心の中は、不思議とあたたかかった。

あの音も、あの言葉も、ちゃんと残ってる。


そして私はもう一度、そっと呟いた。


「……また、聞きたい」


それが誰に向けた願いなのかは、まだわからない。

でも――そう思えたことが、今は嬉しかった。

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