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心揺さぶられるもの


アリーシャ様の誕生パーティーに訪れた私は、父の元へと向かった。


「お父様。お待たせいたしました」

「ああ、紹介しよう。こちらが我が娘、リリー・アルベールだ」


丁寧にお辞儀をして顔を上げると、そこに立っていたのは真紅の髪を持つ、凛々しい顔立ちの青年だった。


「はじめまして、リリー嬢。ガルム家次男、ベラグランデと申します。以後、お見知りおきを」


その名は、パーティーまでの間に何度も耳にした。

王立騎士団の副団長。人柄も良く、民からの人気も高い。

まだ二十歳で、私とはわずか四歳の差。

貴族としてはかなり近しい年齢差だ。


黒い噂は皆無。実際、今目の前にいる彼も、とても誠実そうに見える。


……では、どうして。

こんな私に、求婚を望むのだろう?


「少し、外に出ませんか?」


そう促され、庭園へと足を運ぶ。花々の香りが静かに風に揺れていた。


「婚約の話……いかがですか?」


単刀直入すぎる言葉に、少し驚いた。でも、くだらない世間話をされるよりは、ずっと良かった。


「正直、驚きました。こんな私に、婚約の話なんて……。どうしてですか?」


核心を問うと、彼は一瞬視線を逸らした。


「ずっと前から……貴女に惹かれていて。

パーティーで見かけるたびに、話しかけようと思っていたのですが……挨拶を終えたら、すぐに姿を消してしまわれるので……」


耳を赤くしながら、少し照れたように話す姿に、思わず目を見開いた。


──確かに、私は社交の場が得意ではない。

挨拶が終わるとすぐに人気のない場所へ逃げていたし、時には体調不良を装って帰ったこともあった。


「私は……魔法も使えない、落ちこぼれです。それに……」


そう言いながら、自分の髪と目を指差す。


「この色……母にも父にも、兄にも似ていません。親戚をたどっても、誰ひとり同じ色の人はいなくて。捨て子なんじゃないかって、そんな噂まで……。気味が悪いって、よく言われました」


濃い青の父、柔らかな茶色の母、爽やかな青の兄。

家族の誰にも似ていない、自分だけの色。──それは、幼い頃からずっと、自分を縛ってきた。


「そんな私なんか、選ばないほうが……」


「そんなことありません!」


彼の声が重なる。


「貴女の髪と瞳は……白く輝く月のようで。

初めて見た時から、ずっと、綺麗だと思っていました」


「……え?」


──こんなふうに褒められたのは、いつぶりだろう。


「この件、私は諦めるつもりはありません。また……来ます」


そう言って彼は、照れくさそうに頭をかきながら、逃げるように庭園を後にした。


私は──その場から、しばらく動けなかった。


━━━


少しして我に返った私は、さっきの言葉を繰り返し噛み締めていた。


「あんなに……まっすぐ褒められたの、初めてだわ。それに……本当に誠実そうな人だった」


パーティー会場に戻る気になれず、ひとりバルコニーへと出て夜空を眺める。


「月のように……か。そんな大層なものじゃないのに」


そう呟きながら、視線を下ろすと──月の光を受けて煌めく海が目に入った。


「綺麗……。なぜか昔から、海が好きだった。落ち着くのよね」


ふと、旋律が頭に浮かんだ。


──自然と歌い出していたその時、冒険者であるレオと出会うのだった。

━━━━━━━━━━━━━━━


「……本当に、やるのね」


私は、会場の隅からじっと彼らを見つめていた。

ステージに立つのは、あの噂の3人。

この世界にはそぐわない、けれどどこか懐かしさを感じさせる――不思議な楽器を手にしている。

よく見るとアマネ達が使っているものによく似ている。


会場にはざわついた空気が広がっていた。

不安と困惑。そして、冷たい嘲笑。


「何が始まるんだ?」「演奏って、あれか?」

「楽団じゃないのか……?」「エルフとウルフか……」


貴族たちの顔には、戸惑いと薄ら笑いが浮かんでいる。

まるで「場違いな余興でも始める気か」と言いたげだった。


それでも、彼は微動だにしなかった。

彼の背筋はまっすぐで、その目は揺るがず前を見据えている。

どんな視線にも動じず、彼の中には確かな自信があった。


彼は私の詩を知っていた。

はっきりと私が書いたことがわかっているように。

名前は載せていないのに何故だろう。

あの懐かしい気持ちも、話せて楽しいという感情も

私には分からない。


 

気づけば、胸の前で手をぎゅっと握りしめていた。

不安だった。でも、それ以上に――信じたかった。


アリーシャ様が、隣で小さくため息をつき、ぼそりと呟く。


「まったく……どうせお遊びでしょう。期待するだけ無駄ですわ」


その声に呼応するように、陛下がゆっくりと椅子にもたれた。


「さあ、見せてもらおうか。余興か、それとも――」


レオが、軽く手を挙げた。


そして――


次の瞬間、空気が一変した。


ドラムが、鋭く重く響き渡る。まるで雷鳴のような音。

その衝撃に、会場が一瞬で静まり返った。

誰もが息を呑み、目を見開く。


すぐにピアノの鍵 音が舞い始める。

軽やかで、けれど力強く伸びやかな旋律。

そこに、レオの低く深い音が重なり、曲全体に芯を通していく。


「なっ……!」


誰かの驚いた声が、静寂を破った。


シャンデリアの光が揺れて見えるのは、音の波に包まれているせい?

まるで、この空間そのものが音に支配されていくようだった。


「すごい……音が、心に直接響く……!」


思わず、声が漏れた。

自分でも、震えているのがわかる。


こんな音、聞いたことがない。――なのに、知っている。


アリーシャ様が、目を見開いてステージを見つめていた。

冷めた表情はすでに消え、驚きが顔に浮かんでいる。


陛下の目も細められ、その奥に──かすかな驚きと興味が光っていた。


(やっぱり……すごい)


私は、目を離すことができなかった。

音が、胸の奥を揺さぶる。心の奥深くを、まっすぐに掴んでくる。


見たことのない演奏。聞いたことのない音楽。

それなのに、懐かしい。切ない。どうして……?


「……知ってる。この音……この感覚……」


口に出した瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。

知らないはずの音。けれど、心の深いところが強く応えていた。


ステージの上から放たれる“音”は、言葉ではないのに、まっすぐ伝わってくる。

優しく、でも確かに、私の心を揺さぶってくる。


いつの間にか、涙が頬を伝っていた。

どうしてこんな気持ちになるの……?


(この曲……一体、何……?)


心の奥で、静かに、でも確かに何かが芽生えはじめていた。


「また……聞きたい」


まだ曲は終わっていない。

なのに、もう――そう思わずにはいられなかった。


この音は、きっと特別なもの。

そして私は――この音を、知っている。

 

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