君に届け
ステージに静寂が訪れる。
会場には場違いなほど異質な楽器を手に、俺たち三人は立っていた。
明里がピアノの前に座る。
隼人はスティックを軽く回し、手の中で落ち着かせると、ドラムの前へ。
そして俺はギターを肩にかけ、マイクスタンドの前へと足を踏み出した。
────観客の視線が、一斉に集中する。
目を閉じ、息を吸い込む。
喉の奥で鼓動が響いているような緊張。けれど、それが心地いい。
懐かしい。何度も、何度も経験してきた。
明里の指が静かに鍵盤に触れる。
やわらかな音が、会場にゆっくりと溶け出していく。
ピアノの旋律が、張り詰めた空気を少しずつ、静かに浄化していった。
そこに、隼人のドラムが重なる。
抑えたビートが、観客の心臓をなぞるように鳴る。
その一音一音が、体の奥まで響き渡る。
そして、俺はギターをかき鳴らした。
鋭く、けれどどこか切なさが空間を切り裂くように響く。
ジャンデリアが放つ光が手元を照らし、弦を走る指先が影となって揺れる。
歌を歌う。
あいつに届くように。
あの日々の記憶と、今を重ねて歌う。
会場全体が、音に包まれた。
その瞬間、空気が変わった。
観客の息が止まり、視線が釘付けになるのがはっきりと伝わってくる。
残響が壁を伝い、天井を這い、客席の最前列から最後列まで容赦なく叩きつける。
明里のピアノがメロディを導き、
隼人のドラムが鼓動のように支える。
そして俺のギターが、それらすべてを束ねるように重なっていく。
三つの音が、絡み合いながらひとつになるのがわかる。
鈴は、ステージをじっと見つめていた。
たくさんの人々の中で、なぜか彼女の姿だけが、くっきりと目に映る。
その肩が、わずかに震えていた。
届いている。
体を、心を、感情を、揺らしている。
音が、ちゃんと響いているんだ。
覚えてるか?
俺たち一緒のステージにたってたんだぜ。
ドラムが激しさを増し、会場全体がうねるように振動する。
明里のピアノがその荒波の中で芯を保ち、美しい旋律を織り上げる。
俺のギターが感情を加速させていく。けれどその音は、どこまでもまっすぐに響いていた。
音が天井にぶつかり、反響して返ってくる。
光と音とが渦を巻き、観客の表情までも照らし出していく。
そして────クライマックス。
一瞬、音が引いた。
そこに残ったのは、俺のギターだけ。
かき鳴らすというより、抱きしめるようにして、最後の音を紡ぐ。
再びピアノとドラムが合流し、三人の音が一つになって、
────最後の一音へと流れ込んでいく。
……終わった。
音が消えた瞬間、会場は真空になったかのように静まり返る。
誰もが、声を出せない。動けない。
ただそこに残った、“音の残像”に包まれていた。
そして、誰かが小さく拍手した。
それが合図だったかのように、次々と拍手が重なっていく。
やがて、嵐のような歓声と拍手がホールを揺らした。
「すごい……」
「あんなの、初めて聞いた……」
「震えた……」
アリーシャ姫はぽかんと口を開けたまま、動けずにいる。
その隣で――鈴が、涙をこぼしていた。
でも、何かが足りない。
どれだけ完璧に演奏できても、それだけじゃ届かないものがある。
あいつの声がなければ、きっと……
「……どうして……知らないはずなのに、涙が止まらない……」
その呟きを聞いた瞬間、胸がぎゅっと熱くなった。
俺は、彼女の方をそっと見る。
(……思い出せなくてもいい。少しずつでいい。
でも――お前の中に“音”が生きてるなら)
心の中で、彼女に祈るように囁いた。
「鈴、また一緒に、音楽をやろう」




