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失言

 教育省発表、マナの有無で学制分け、来季から段階適用。


 選挙翌日の記事の中にこっそりとあった記事に和泉は震えた。過去の記事でもなく投開票日翌日付の発表。


 終わりの始まり


その言葉だけが、いま和泉を覆っている。


 大きな議論もなく、行政機関による一方的な発表。姑息だ、ただそれに対する怒りだけなら和泉は端末を投げていた、しかし、それを踏みとどまらせた一つの可能性。

 我々はもう社会の中では圧倒的に少数派になってしまったという事。ただしかし、マナ無しは「少なくとも」人口の4割を占めるはずだ、無視などできない数のはずだ。何が、何かがおかしい、それを突き止めるべく端末を操作する。

 人口比率、教育省の会議等での議事録、この発表までのプロセスと実際のデータを洗っていく。

 

 明確な制度設計の議論などは見つからなかったが、会議の議事録やここ最近の政治家に発言に、「マナが無い方に対し無しに応分負担を求めていく。」と言う単語が頻出するようになっている。現に、今回の発表もマナを学校施設運用に使えるマナ有りとそうで無い無し組に学校施設そのものをわけ、それぞれの応分負担を求めていくことを主眼に据えられているが、純粋な子どもたちにその事実は充分に伝わるはずもない。これはただ差別を助長するためのきっかけにしかならない危うい選択じゃないのか。

 加えて、和泉の危機感を増幅させるのは人権意識の高い左派連中からこう言った話しが出たという事だ、選挙投開票日翌日に出るということは、左派連中の中でもこの議論はすでに行われていたとう証左に他ならない。


どこかで、何かが起こったはずだ。掴めない何かを探すが端末は答えを出さない。


 「中隊長、安藤さんがお見えです」

原隊の下士官の声が聞こえ、ずいぶんと没頭していた事に気づく。

 安藤。朔望団幹部、兵站を担当する部隊の中隊長、細身で黒縁メガネ。幹部の中では一番格。マナ無し関係の補給物品の調達は大変なはずだが、彼は飄々とこなし、朔望団の活動も精力的だ。優秀な人材ではあるとは思う。部屋に入るなり愛想のない語り口で言う。

 「和泉さん、少し大変なことになりましたね」

 そう言うとこなんだよなぁ、と和泉は毎回思う。文字に起こすと大したことを言ってないのにそれ以上に人を不快にさせる物言い。構わず安藤は続ける。

 「見ましたか?教育省発表。流石に教育界からの反発がすごいですね。」

観測気球にしては、下手ですよねぇ。と続ける。

 「どこから、いつから知ってた?」

冷静じゃない時にコイツの物言いは頭にくるが、それは平常運転だ、今はコイツに悪意はない。

 「いいえ、私も初めてです、だから急いでこちらへ」

なんだよ使えねぇ、という言葉を飲み込み、とりあえず安藤を中道左派へ使し、真意について問いただすようにした。

 中道左派も色のいい返事だけしてきて、結局この学校分け制度は応分負担の原則というわけのわからない理屈で押されて行く様だった。


 閣僚名簿読み上げが終わり、内閣が出そろった、なんとマナ無しは今回0人であった。ついに、マナ無しがいなくなった。

 「どうなってるんだ!」

 五十嵐が一番吠えている、まるでお通夜の様な朔望団のアジトとなっている地下食堂、今日は湿度以上に湿っぽい。

 五十嵐、朔望団の幹部の一人。癖毛の長髪を後ろ手で束ねている。まめに切ればいいのに面倒と称し切らないので、少し清潔感に欠ける身なり。服装も第一ボタンは開ける袖捲りなど一番だらしがない、そういうとこなんだよなぁ。車両部隊の小隊長であるから人前に立つ事も少ないと言っても、身なりって言うのはあるじゃないかと、和泉は思う。

 ただ五十嵐が置かれている状況、軍の使用車両がガソリンからマナ式への置き換えが進められている状況、追い出される側の気持ちを肌感覚で一番感じているのは、彼だろう。

 今度の首相は、ひとことで言えばぼんやりした奴、大勝したは良いが順番で回す様になってきたか。いよいよ

 次の首相はどこかぼんやりしたタイプだった、大勝した奢りか、人材枯渇か、持ち回りをする様になったら政党末期じゃないか。和泉だけでなく、この人事については国内で違和感を感じる者は少なくなかった。

 組織の内輪の論理だけで決まって行く、既視感あるなぁと思ったら、朔望団もそうだな。中道左派の長老だか貢献者だが何だか知らないが、こっから修正するのは大変だぞ。


 和泉の皮肉は早々に日の目をみることになる。代議員会での最初の首相演説で失言があったのだ。和泉の居室で、五十嵐と共に首相演説を見ることにしていた。


 演説は、序盤からダラダラと社会情勢についての感想や、具体性に欠ける政策への意気込みをヤジや騒音にかき消されそうになりながら読み上げているが、不思議とその一文だけは、議場だけでなく、ありとあらゆる通信機器が明確に拾った。


 「今後社会の要請として、マナがない方々に対し応分負担を求めていく段階であると認識しておるところであります。そして、その応分負担は、各人の生命そのものと考えているのであります。」


 空気が凍る、ヤジすら止まる、議場を静寂が包む。

 こいつ、言いやがった。とんでもない事を言いやがった。マナという生体エネルギーを拠出している人たちに対して、マナがない人たちはその生体エネルギーに並びたつものを負担せよいうだけならまだわかるが、一国の首相がマナが無ければ命を出せと。マナと生命に切り離しすらまともに理解しない、耄碌と表現して良い発言だ。

 言葉だけで頭を殴られた様な衝撃、全身の力が抜ける、視界が白く飛んでいく。しかし、続きを聞く必要がある。聞かなければならない。その発言の真意を。

 しかし、当の長老は、周りを見るわけもなく、おもむろにコップの水を飲み、原稿のページをめくり、また何事もなかったかの様に元のトーンでダラダラと原稿を読み上げる。ぎりぎり踏みとどまったが、演説は違う話題になっていた。カメラは首相のみ大写しであるので議場そのものの状況はわからない。しかし、今、首相が話してる内容について耳を傾けているものはいないだろう。


 「おい、あいつ、いま何て言った...?」

 五十嵐がいう、拳を握りしめて、今にも画面に飛びかかろうとしている様相だった。しかし最後の理性で押し留めている様だった。


 和泉さんっ!と五十嵐に呼ばれるが、目だけで落ちつけ、と促す。五十嵐は激しく椅子に座り直し、握った拳で膝を叩く。何回も何回も。

 和泉自身は五十嵐の取り乱し具合で逆に少し冷静だ。発せられた言葉を反芻し、解釈する。なぜこの演説が世に出たか、自分が大きな読み違いをしていないか、確認していく。

 「社会の要請」、大きな要素だが、我々が人口の4割であるから、圧倒的な少数ではないはず、我々自身マナでは社会に貢献できない分、応分負担のついては異論はない。しかし、生命そのものを差し出す覚悟までは当然持ち合わせていないはずだ、生命を賭けるということは、生命に値する何かが必要だ。

 「それ、は、、、まさか、、、」

 自分の血の気が引くことがわかる。ふと突然ナガイのシルエットが浮かんできた、そして彼が行っていた、あの実験、あれの実験体はマナ無し、マナ無しがマナを発現できる可能性があるとして見逃していた、それか。それしかないのか。

 まさかというかそれが関係するかもしれない。そうなればマナの有無など争点にならない、なりようがない。

 自分が突拍子もないことを考えているのは百も承知、しかし、その可能性がないわけじゃない、直感で感じた。もしそうだとしたら4割な訳がない、そこから先は考えたくもない。

 「五十嵐ッ!!!いつまでそんな事してんだッ!!!」

 自分の膝を殴り続けていた五十嵐を一喝する。五十嵐の手が止まる、目を見開いてこちらを見る。足は赤く腫れ上がっている。

 「皆を集めろ、大変な事になるかもしれん。」

 わかりましたと言い終わる前に五十嵐が部屋を飛び出していく。

 大変な事になったかもしれん。和泉は自分の中で繰り返す。


 朔望団幹部、下士官も同じ部屋に集められた。場所はいつものアジトではない、和泉が所属する原隊の大会議室。もはやなりふり構ってはいられない。

 五十嵐が皆を掻き集めている間も和泉は憲兵隊に所属する団員と連絡を取った、幹部連中は憲兵にだけ接点がないからだ。

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