選挙
ミカを旅団本部に送り、中隊基地に顔を出してから、官舎に帰った和泉は端末を操作しニュースを見る。代議員選挙の公示のニュースや各党の候補者に関する報道がほとんどだ。そう言えばそうだったな、それで団の意識たちは今日、何かを起こし、世間に訴えてるべきだと言っていたが、騒乱と選挙が結びつくはずがない、続けてざっと派閥の公約を確認する。いまの段階でマナの有無ついてを大きく取り上げる派閥は多くなく、極端な分断を煽る派閥はいわゆる泡沫政党に過ぎない。
いわゆる楽観視、としてもいいだろうと考える。今回抑えた分、意識たちの行動をどこまで許容するか、そこの塩梅を考えないといけない。
昼間は晴れていたが、どうも今晩からしばらく雲行きが怪しいらしい。
翌日からの団の幹部会合は選挙対策でもちきりだ。今日は特に五十嵐が好調だ。場所はいつもの地下食堂。昨日の公示受け、選挙での団の方針を決める集まりだ。そのため参加者は幹部以上のみだ。
「状況は危機的だと言って良いので、とにかくなりふり構わずやるべきだ」
座席に配置的に和泉の正面になった五十嵐が大きな身振り手振りで、相変わらず威勢のいいことは言うが、具体案が出ないのがこの意識連中の悪い癖だ。
「なぁ五十嵐、じゃあ何をやるんだ、ドサ周りか?我々と懇意な中道左派は今回特に情勢が優位じゃないか?」
「和泉さん、彼らはもう我々のことなんか見てないんです。ですからやるんです。」
そんなことはわかっていますと言わんばかりに応じるが、肝心なところは出てこない。
「じゃあどうするんだ。武力に訴えるのは許さんぞ。」
五十嵐は意を決した様に言う。
「支援団体を中道左派から泡沫に変えます。」
思わず天を仰いでしまった。何を考えてるんだと、急いで五十嵐が続ける。
「中道と言っても源流は左派です、だから我々軍人とはそもそもレベルで剃りが合わないんです。だから我々だって重要な母体であり、力があるんだと見せるために、泡沫に全部ぶつけて、数を確保するのです。」
それは君らのやっかみにしか聞こえないんだが、だったら中道左派の上乗せ分が我々がやったと言えれば良いんじゃないか?
「それが、左派の嫌がるところなんですよ。源流に反戦がある自分たちが軍人に頼っているなんて。」
わかるようで、わからない。じゃあそれ、中道左派に対してやっても変わらなくないかと言う疑念が拭えない、なんなら勝ち馬に乗る方が実効性という観点では、中道左派支援の方が良いと思える。
「山形、お前どう見るんだ、今回の情勢を。」
軍本部に詰める山形に聞く、肌感覚で何かを掴んでいることに期待する。
「軍本部も特段失点の無い中道左派優勢と見ており選挙そのものに関して関心が薄いです。」
そうなんだよなぁ、マナ有りが大勢を占める軍本部では、なかなか核心に触れることもないだろうしなぁ。本人自体は優秀なんだろうが、無味無臭というか、でもなぜかこの山形が意識側にいる。山形が続ける、その声に自信はない。
「ただ、もうすでに各党の公約等からマナ無しに対して何かするという文面はありません、政治の議題に上がっていない点は非常に危険なのです。」
わ、悪い風に考えれば、といって山形は尻すぼみになってしまった。
「ですから、政治の話題にするために、それを言っている団体へ切り替えていくのです。」
五十嵐がここぞばかりに言う、勝負所間違えてないか?原隊も間違えたら死人が出るぞ。
「そもそも自分たちでなんとかしていこうって言う人間たちより、困っているって駄々を捏ねている子どもに人は施しをするのです、だから今回はお願いします」
川崎が懇願する。下士官たちが活動家って罵るのはよくわかる気がする、自分たちでなんとかするという矜持が無いのだ。がっくりと肩を落とす。
しかしこの幹部の裏にはこいつらを慕うものがいる、今回の葬儀でその者達を、気に入らないなら俺を切れと、言って抑えた手前、ある程度妥協は必要だ。中道左派への交渉は自分がやり、幹部連中にもある程度自由にやらせるか。和泉は決めた。
「では、今回の選挙について、団の方針を決めようか」
和泉は立ち上がって、幹部に言う。
「今回の選挙において、我が朔望団は自由投票とする、しかし、今まで受けた恩義には十二分配慮し、各員の活動に精進されたし。」
言葉を充分に聞けば自ずと答えは出るが、自分達の都合の良い言葉だけ聞いていた意識達はその身を震えていた。
与党の失点無し、任期満了による定例選挙に近い状態でどうして泡沫が勝てようか。
選挙は中道左派が圧勝し、泡沫は若干議席を伸ばしたが、泡沫のままだった。
選挙結果を受け、新たに今後に話を進めていこうとした矢先、和泉は自分の目を、耳を疑った。
「なんなんだこれはっ!」
持っていた端末を投げそうになるが堪える。怒りに対し、理性と矜持が抑えにかかる。