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憲兵隊本部にて


 まぁそうなるよね、って言う思いと、なんでこうなった、という思いが千里の中で混在する。それは立場としての納得感と、個人としての不条理感だ。

 我が04小隊は総勢3名という歪な部隊だ、少数精鋭と聞こえはいいが実際その戦力は小隊長のレイと隊員のヴィルだけだ。少人数ゆえ小回りが効き戦闘力もそれなりにあって文句も言わない。とりあえずコイツらに言っておけば、後ははなんとかするだろうというのが、軍の傾向にある、加えて旅団総括班長ミカと小隊長レイは士官学校同期、士官学校ではバチバチにやり合ったそうだが今は完全にミカがレイに完全に心を許しているのが見て取れる。自分もそのご相伴預かって色々好きにさせてもらっている。

 ヴィルは、細かい出自はわからないが、士官学校は出てない叩き上げ、一言で言うと猟犬がそのまま人になったという表現が近い。レイの戦いの泥臭い戦いに合わせることができる裏方スナイパーは、全部部隊見回してもヴィルしかいない。スナイパーではないが、中距離支援の伊織もレイにはついていけるだろうか。いや、彼女せっかちだからなぁ、大丈夫かなぁ。

 何度も旅団内部で妄想のタネとなっている組み合わせなどを考えているが、どうして自分がこの小隊配属かさっぱりわからない。体力もマナも武器扱いも肝心のオペレーター業務も平々凡々。配属してしばらく経ってからミカに人事ってのはそんなもんなんやわぁ〜って笑顔で言われたきりである。堪忍なぁ〜がなかったってことはポジティブな話だ、とレイに言われて何故かその時は納得してしまったが、事ここに至っては、なんで私がこんな目にという誰に向けるでもない後悔をする。

 場所は憲兵隊本部、件のデマ拡散犯を収容する独房の警備を04小隊が行う事となった。いわゆる思想犯なら憲兵隊でもその部署が担当だろうと思っているが、建前上なんと此奴は思想犯ではないらしい、憲兵隊としての建前は、軍内部の治安維持のため一時的に身を預かっているだけで、それ以上の事はしないそうだ。じゃあ此奴を野放しで置いておくとどうなるかというのは自明の理なので、誰かが警備しないといけない。じゃあ誰がやるんだ、面倒くさい。

 となると、自然と我が04小隊にお鉢が回って来るんだよなぁ。

「なんとかなるならないじゃなくて、それが職責ってもんじゃないのかなぁ」

 独房監視の詰所で千里はぼやく、独房詰所、憲兵隊本部の中にあり、他の区画から隔絶されている。出入り口は2ヶ所、憲兵隊本部側と独房側、04小隊員は、憲兵隊本部側出入り口の脇に座っている。他の独房を警護する刑務の憲兵は独房を監視するものが1人、両出入り口を看守者が1人、巡回が1人ずついる。どうしても時間はあるので、刑務の憲兵とは雑談をするくらいの仲になっている。なお、04小隊は、レイ、ヴィル、千里の3交代で詰所に詰める、警備に指名されたわけだが、要は応援だ、細い事は刑務が一緒にやってくれる。刑務もマナ無しが多いのでその牽制と言うことか、と雑談の中で千里は知っていく。世の中知らないことが多すぎる。

 結局、自分が探してる実験ログも見つからずじまい、03小隊はマナ有りだ無しだ、という分断とは完全に別の世界で生きている。だから今回の事件でもブレない、そのブレなさが逆に行動派を刺激している。03小隊の不気味とも取れる静寂とその姿勢、理不尽を受け入れるように見える度量。しかしそれは他の恭順派とも、行動派にも理解が及ばないものとなっている。実際の構図は、恭順派(03小隊を除く)と行動派(朔望団)という、我が旅団は蚊帳の外とも関係者とも言えない絶妙な位置にいた。

「だからってさぁ、なんでも私たちってのはどうなのよ」

ねぇ、と刑務の彼に投げかけるが、彼はにっこり笑って、それが職責ってやつじゃないのかい。と返してきた。そうなんだけどさぁ、千里はそれ以上の言葉を持ち合わせていなかった。


 ヴィルが詰所に詰めるとき、警護には不釣り合いな支給品の狙撃銃を持って来る、解体して丁寧に手入れする。側から見ても支給品対して込める熱量ではないと思う。

 というか彼女はところ構わずそういう事するのね、ほんとに前回は私の間違いだったわ。ヴィルが詰める時、隠そうとともしない気配が、そのエリアを支配する。それが何を意味するか、有り体に言えば、迂闊なことが出来ない、そう言った緊張感が独房エリア全体を支配する。翻って、その反動で千里が入るシフトの時は、独特の緩さ、というのがある。良いのか悪いのか、千里はその空気感を感じ、刑務からの情報収集に務めるのだった。ヴィルー!交代よ!何かあったぁ?、無い。の一言で引継ぎは終わる。それが日常だった。

 一方でレイが詰める時は、刑務の目線でいうと、居るのかいないのか、それすらあやふやになる時がある、気配を消す、狙ってできるものでも無いが、レイは平然とそれをする。04小隊という異物を拒否する刑務の心情を汲む彼女なりの配慮なのかしら。いい意味でも悪い意味でも、レイが詰める時は記憶が薄い、刑務の中ではそれが一つの共通認識らしい。私のシフトが終わる時の刑務の顔ときたら、そんな顔しないで、別に取って食べるわけじゃないから(ヴィル除く)、心配しないで。

 職責。意外にも気にする人間には響くこの言葉、その職責を果たすべく、憲兵隊は件の彼から何回も事情聴取を行った。実験ログの着想、それは誰なのか、苛烈を極める「事情聴取」が行われた。それでも彼は何か具体的な話をする事はなかった。


---


 何度目かのシフトの時、ヴィルが一言引継ぎがあった。

「今日はいつもと違う、何かある」

 ついに来たか、皆一番警戒するのは私のシフトの時だ、04小隊二人の気配が詰める他の刑務憲兵にも伝播する。このシフトが山場だと告げる。



しかし何も起こらなかった。



 そう、お疲れ様。レイはそれだけ言ってシフトを交代する。一緒に居ようかという提案は、千里の次のシフトに影響する、という事で一蹴された。

 レイが詰める時間にいても仕方ない、戦力的には足手纏いだから。そう思い詰所から、引き下がる。いつまで続くかわからないこの体制、終わりが見えないということで緩みというのが出ないと良いが。でも眠いから帰りましょう、やっぱり夜勤明けはしんどいわ。


 この時間帯に事を起こすセンスの無さ、それが今の朔望団の限界を呈していた。

正門辺りが騒がしい、レイは気配で感じとる、詰所にはシフト交代のタイミングで1人が来ており、今この瞬間には全員で4人の刑務がいる。うち3人の刑務の視線が憲兵隊本部建物入口に注がれる。レイはその視線を向けない1人の方刑務を発見する。

 「おい」

身も蓋もない、お前は誰だ、何をしている、という全てを込めた一言。引継ぎの時以外声を発さないレイが、声を出す。だから普通なら何かリアクションすべきところで、視線を送らない彼は、独房に向かう。

 「おいっ!」

さらに声を張る、これ自体が緊急事態の警報と同義、1人の刑務が動く、件の独房に向かう彼を静止しようと駆ける、その彼は千里とよく話す彼であった。それ以外の2人は、警棒を抜き独房へと続く扉を背にして守る。同じ刑務に手出しができないという躊躇は彼の手を止める。

 なるほど、ここまで事態は混迷していたか。レイは若干の納得をして駆ける。


 部屋の真ん中にあるテーブルを踏み台にして飛ぶ、扉に前の敵は共に右手で警棒を持っている。鉄入りのブーツで、右側の敵の左鎖骨を飛んだまま踏み抜く、確かな手応えを感じながら残りの時と空中で正対しつつ、敵に刺さったままの右足から拳銃を抜き、正対する的の太ももを撃ち抜く。

 蹴られた敵は後頭部を壁に打ち付けて気絶、太ももを撃たれた敵はその場に崩れる。

急いで扉を開き、件の彼の独房を確認する、まだ辿り付いていない。前を走る敵の肩に狙いをつけ、射撃。射撃の結果を確認する前に走り出す。銃弾は左肩に命中し、勢いを殺せずバランスを崩し悲鳴を上げながら倒れる。レイは倒れた敵にのしかかり、警備用ということで持っていた手錠をかける。後ろを振り返り、味方の彼が倒れた2人を制圧しているのを確認する。件の彼の独房を確認する。彼は小さく縮こまって震えていた。


 その後すぐに騒ぎを聞きつけた刑務ではない憲兵たちが雪崩れ込み、騒動に加担した者を拘束する。拘束の際に、上着の襟裏を確認していた。騒ぎに関係したものは皆、そこに黄色の満月の刺繍を入れていた。

 

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