ナガイさんの遺産
「何がそんなに駆り立てるのかしら」
旅団03小隊オペレーターの千里は一人毒づく、自分の旅団に03小隊がいる手前もあるのか、行動派に対して理解が及ばない点がある。ナガイ小隊長の軍による葬儀も1ヶ月後に控えた時期に、要は喪が開けたとは言い難い時期にこのような凶行を行う理由が千里には全く見えなかった。
「された側というのは、周りが思っている以上に激情を抱えているものよ。」
珍しく茜が個人の感想をいう、その声には少し諦めというか達観したものが入っている。本人の経験なのかと訝しんだが、声色と表情を見る限り彼女の中では一般論のようだった。
場所は総括班居室、居るのは、伊織、茜、千里だけだ。千里を呼んだのはミカだが、先月から03小隊長兼任の辞令を受けており、今回も要件があるからと言って入れ違いで03小隊へ行ってしまっている。茜曰くすぐには戻るから、とのことで千里は待機している。
その時に先日起こった、行動派による襲撃事件の話題になり、千里が一言漏らしたのだった。
「班長の兼任はいつまでなのですか?」千里は茜に訪ねるが答えたのは伊織だった。
「わかんないわ、もう1ヶ月経つからどこからか後任を持って来てもいいんだけども」
「それは保留になりそうよ、だって、その襲われた人が候補だったんだから。」
茜がまた淡々と告げる、えぇ〜、と伊織が机に伏して身も蓋もない声をあげる。
「下手人もまさかの自決未遂で意識不明、憲兵隊も事情聴取できず。」茜が続ける。
「だから班長はより03小隊のケアに忙しくなるわ、残念ね。」
残念ねと聞いて、茜さんって意外に人間味あるよね、千里は口に出さず思う。茜の外見を評するなら、冷徹だ。顔立ちは、知的で冷静、やや厳しさのある表情。髪は暗めの赤髪、ストレートでやや内巻き、前髪は揃えて目にかからない程度。切長の目に赤い瞳。着ている支給品のショート丈のジャケットが特注品のように決まっている。一目見た印象は冷徹以外ない。ただ口調は穏やかで冷徹というより冷静な人という評価に収まっていく。
「03小隊のケアって何人いると思ってるんですかぁ、せんぱぁい」伊織が突っ伏したまま嘆く。
本旅団自体がすでに歪な編成をしているが、それは置いておいて、03小隊は、中隊規模の100人程度を抱える大所帯だ。ナガイさんが小隊長格のまま昇進を拒否していた、損耗率が高い、そして、戦闘系マナ無し人間の唯一の所属先となり人数が膨れ上がったなどの要因がある。ちなみに、01、02小隊は60名ほど、我が04小隊は、3人だ。歪で仕方ない。
マナ無し人間の集団に、軍でも有数のマナ所有者ミカがその長として任に着く。お互いやりづらいことこの上ないだろう、しかも、先の出動の後始末も03小隊で行う事と軍本部からの命令があった。ここ1ヶ月はその残務処理に追われていたと容易に想像がつく。自分も呼ばれたのはその一件だとは思っているが、あんまりいい予感はしていない。その時扉が開く。
「千里ちゃんごめんなぁ、堪忍やわぁ」
旅団では日常の、どこか浮ついた、けれど不思議と場に馴染む声がする。
ミカが戻って来た、手には分厚いドッジファイルやら書類を抱えいる。
最後の人がなぁ、急に今なら大丈夫やって言うもんやから、と言いながら、ドサドサとその書類を自分の机におく、押し出された書類がさながら表面張力のように机の淵で踏ん張っている。書類が落ちないのを確認した後、居室真ん中のテーブルに腰掛け一息。
「やっと全員との面談終わったわぁ」
ナガイさんもやっていたという小隊員全員との面談、総括班長の仕事ではないと思うがやりとげるのはミカだからだろう。
先に居た3人がそれぞれお疲れ様でしたと労う。
「ナガイさんってええ人やったんやねぇ、思っている以上に03小隊は大丈夫やわぁ」
1ヶ月前の死に様しか見覚えない千里には、とてもイメージのつかない誰かを見つめるようにミカはいう。
「マナ無し組の良心、とは言われてましたからね」
自分の中にある断面的な情報でとりあえず回答する千里、自分の中で彼は、枯れたおじさんでしかない。その枯れた彼がどうやって損耗率が高い中隊規模の人員の士気を維持できるのか、気にはなるがその程度の認識だった。
「そうやねん、良心やねん、ぶっきらぼうなのにねぇ、部下思いだったんよ」
あのドッジファイルも引継ぎなんよ、と先に抱えていたドッジファイルに目線を向ける。
「みんなのことちゃんと書いてあるんよ、家族構成や配属希望や、退役後何したい?とかも。」根掘り葉掘り聞くだけでなく何かしら尽力されていたのだろう。
「大丈夫とは仰いましたが、襲撃の件は、伝えたのでしょうか?」茜が心配そうに訪ねる。「うん、言ってあるよぉ、隠すわけにもいかんもんねぇ」ため息混じりとも取れる返事で返すミカ。そうですか、茜が応じ、やり取りを終える。
それであの、私の案件は、と千里が言い終わる前にミカがいう。
「来てくれてありがとぉなぁ千里ちゃん」
ここまではいつもの口調。
「それでさぁ、あんまり言いたくないんやけどぉ、少し大人しゅうしとってもらってええかなぁ」
有無を言わなさない口調だった、伊織、茜も少し気配を強める。