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実験ログ争奪戦1

 その日は霧雨で、ずいぶんと少し視界の悪い日だった。


 遅れて堪忍なぁ、と、ミカが慌しく総括班居室に入ってくる。本来の出勤よりもかなり早く、外はまだ朝日の気配を感じるような時間帯。自席につき、端末を立ち上げ、情報を収集する、茜が淡々と説明する。

 「大規模叛乱です、教育省をはじめいくつかの官公庁が占拠されています。憲兵隊本部に戒厳司令部が設置され、先程01、02小隊が占拠された官庁方面へ出動しました。葬儀後、件の彼を警固中の04小隊はそのまま戒厳司令部へ編入とのことです。」

 「ヒトガタ相手なら訓練してるけど、私たちは本来対人戦闘は対象外ですよねぇ」

 伊織が拗ねるが、ミカに宥められる。ヒトガタとは旅団の本来の戦闘相手、100年前のマナ発見と同時に出現した植物系ミュータントの俗称だ。

 「誰がこんなことしたん?」

 端末に目を向けたままミカが聞く、茜がわかりませんと答える。

 「03小隊はどう?」

 「待機中です、出動準備はしてあります。」

 ミカが矢継ぎ早に聞き、茜が返す。

 ミカの手が止まる、端末を凝視し、一拍置く。そして言う。

 「戒厳司令部から連絡きたわ、03小隊は首相官邸へ、そんで、叛乱の首謀は和泉さん、朔望団による叛乱、って事みたいやなぁ。」

 そうですか、と茜が応じる、伊織は大きくため息をつく。

 「首相に手をかけて、軍同士だけでなくマナ無しの同士討ちですよ。03小隊、行かせて良いですか?先輩。」

 逡巡する、行かせるべきか、何かすべきか、直感を信じるなら…

 「03小隊、入ります。」

 総括班の一瞬の沈黙を破ったのは、03小隊副隊長だった。

 「戒厳司令部から連絡があり、我々は、首相官邸に参ります。」

 では、と、こちらの返事も聞かず、彼は敬礼して去って言った。

 (戒厳司令部も混乱しとるなぁ…)

 原隊の指揮官を飛び越えた指令、それに応じる03小隊もどうかと思うが、戒厳令発令中であるから規則、道理に置いても問題はない。しかし、ずいぶんと準備が良い。

 

 「いっちゃいましたね…」


 伊織だけがかろうじて言葉を発した。


 「さて、どないしようかな」 

 少し間をおいてミカが答える。これで旅団本部が空っぽだ。確かにここが狙われる道理がないように思える。現に戒厳司令部からも、総括班のみ旅団本部待機と指令している。

 「おかしいですよね」

 伊織が言う、そう言いながらも彼女は自分の装備を確認しはじめた。言葉とは裏腹に目に迷いはない。


 空っぽといっても旅団というのはそれだけで作戦行動ができる単位ではある。つまり、戦闘兵科以外の部隊員も当然いる、敷地の境界や建物警備のための歩哨もいる。

だがしかし、いま何かしらに襲われるようものなら被害が増えるということでもある。


 対人用の制圧兵器があるわけもない、先輩の武器はヒトガタ用、茜さんも戦闘は得意じゃない。ということは万一の場合、「戦える」のは私だけ、歩哨はいるけど数の入れるべきじゃない。

 自分の装備はマナを利用した弓、これなら殺さずとも腕や足だけ射抜けばなんとかなる。

 自分の本当の武器はブレード二刀流だが、それはミカの援護のために封印した。しかし今回はそうも言ってられないかもしれない、同士討ちの汚名は自分が被る。

 「万が一の時は私がやります、先輩に同士討ちの汚名は背負わせません。」

 ミカは穏やかな顔をして頷くだけだった。

 

 健気やなぁ伊織ちゃんは、と思いつつ、ミカは端末を確認する、叛乱の全容は未だ掴めないが、未曾有の叛乱だ。クーデターなのか。まだ「敵」とははっきり言葉にしたくないが、敵の目的がわからない。ナガイの葬式の帰りに談笑した和泉の顔を思い出す。

 「仕方あらへんなぁ」

 ミカはゆっくり席を立つ、それからいそいそと什器を寄せて部屋の真ん中にスペースを作る。

 「使って良いとは言われてないけど、使ったらあかんとも言われてへんからなぁ、こっから細かい指示は茜ちゃん、任せるわ。」

 不謹慎ではあるかもしれないが。ほんの、ほんの少しだけ高揚した声でいう。

 わかりました、茜が答える。

 片膝をつき、右手を床につける。建物にマナを送り込む、建物、地面、敷地、その先へ、マナを送り込む。全てのヒト、モノを探知する。

 この辺までやろね。

 そう思い、直径3キロのマナの円を形成する、しかし誰もそれを探知はできない。

 ミカの能力、「女神の勘」それはマナによる超高精度の探知である。

 それだけではない。

 「伊織ちゃ〜ん、いくで〜」

 間の抜けた呼びかけで、伊織にも感覚を共有する、ただし彼女はこの敷地分くらいの感覚だけ、どこに誰がいるか、これで彼女には死角というモノは存在しない。

 「ありがとうございます」

伊織は、言葉では端的に言ってるが、彼女が思ってることも全部流れ込んでくる。気づいてないのかわざとなのか、ただ、その純情に応えるのは、しばらく先になりそうだ。


 探知範囲にはもう03小隊はいないが、別の装甲車やトラックの車列が入ってくる。

 あ、これはあかんやつやわ。ミカは察する。

 隠そうともしない殺気、明確な目的意識、そのためなら生命を賭ける死への覚悟、それが機械の外側にも溢れている。それらはマナで探知する以前の問題だった。その強烈な殺意は明らかに総括班の3名に向けられている。向こうはまだ見ぬ、総括班への殺意を高めて臨んでくる。並大抵では止まらない。

 装甲車は伊織の矢では貫けない、もちろんブレードでも止まらない。

 「茜ちゃん!みんな避難させて、敵が来るわ!」

 マナを瞬断させ、茜に叫ぶ、茜は全てを察して館内放送で非戦闘員への避難を命じる。残った歩哨要員も各個撃破を避けるため旅団本部内へ移動、什器を駆使してバリケードを設置する。伊織も居室を駆け出して行った。

 マナを接続し、改めて確認する。避難し始めた非戦闘員もバリケード設置に参加してしまった。

 みんなええ子やけどもどかしいなぁ。ええのにそんな。

 自分たちへ向けられた好意と職責からくる義務感から、加えて、なすべき事をしようとする使命感から、湿気をまとった什器を積み上げ、什器はそれぞれの素材由来の悲鳴を響かせ、1階エントランスと裏口にチグハグな要塞を作り上げていく。


 敵はまだ来ない。まだまだ出来ることはないか?


 敷地の門が開いていることに気がついた歩哨が走る。急いで敷地の門を閉じ、全力で走ってバリケード内に飛び込む。これで時間は稼げる。

 非戦闘員は歩哨要員の指示に従って裏口から出ていく。戦いたい意志を示す者もいたが、伊織が押し返す。有無も言わせてもらえず、それぞれの無事を祈り、非戦闘員は裏口から脱出する。


 先に正門に敵が来る。一部は裏口に回る様子を見せる。間に合った。脱出は済んでいる。歩哨の2/3を裏口へ、伊織と残りはエントランスへ。

 正門はあっけなく装甲車に吹き飛ばされ、激しい金属音が響く。道が開け、トラックもガソリン車特有のエンジン音を響かせ続けて走ってくる。


 「やるなら本気だ!この野郎!突っ込め!!吹っ飛ばせ!!対人戦闘を知らない旅団の奴らに目にもの見せてやれ!この畜生が!!」

 五十嵐が車内で叫ぶ。装甲車とは言ってもこれはただの兵員輸送車で、こう言う用途じゃないだろ。と、同乗する団員は思うが、もはやこれまで、もうやるしかない、対戦車兵器なんか持ってるわけがない!アクセルを踏み込む。

 

 「突っ込んでくる!離れて!!」

マナ経由で彼らの意図を理解した伊織は歩哨たちにバリケードから離れるように叫ぶ。

 そこまでやるか、どこまで本気なんだ。伊織は驚く、装甲車は減速するどころか加速して車寄せを通り越して、建物入り口に突っ込んできた。


 先ほどの什器の悲鳴の十数倍もの音が耳をつんざく。バリケードの場所を間違えた、だから対人戦は嫌なんだ。しかしこの装甲車から出てくるなら射れるチャンスはある。

 しかし、マナが伝える敵の動きは、希望とは違った、トラックから降りた兵士がバリケードの隙間を縫って走り込んでくる。そのうち一人の手には閃光手榴弾、ピンはすでに抜かれている。先輩の力を借りても後手後手だ、悔しさが込み上げるが、それにかまってはいられない。射るしか無い。最小限のマナで弓と矢を形成し、投げられる前の閃光手榴弾を穿つ、爆ぜる。視線は切ったが聴覚が奪われる。

 だけど、ミカのマナでわかる。そして絶望する。セオリーなら一発だけの閃光手榴弾はもう一つあったのだ。爆ぜる、歩哨たちの視覚と聴覚は奪われる。

 伊織はマナを頼りに下がる、総括班居室がある上に上がる階段は1箇所しかない、そこまで下がる。広いエントランスでは簡単に回り込まれる。細い階段で迎え撃つ、それしかないはずだ。振り返らず走る。


 伊織ちゃん


 先輩に呼ばれた、両肩を掴まれたような感覚。全神経を通した感覚で何かを見せられる。

 それは閃光弾によろめく歩哨たち、そこに向けられる銃口。

 敵から感じる隠そうともしない殺気、明確な目的意識、そのためなら生命を賭ける死への覚悟。

 私たちには無い、その覚悟、それが大きな差となって今この景色になっている。

 そして、ここから先の景色は想像に難く無い、その景色は多分誰も見たくは無いはずだ。


 伊織ちゃん


 もう一度呼ばれた、もう一段、先輩のマナが流れ込んでくる、何かが、何かに、「引き上げられる」感覚だ。

 

 瞬きをしたら、黒い背景と金色の線、それだけの世界になっていた。戸惑いを隠せないが、黒い背景に浮かぶ金色の線は、さっき見た全ての構造物を描いている。


 全てが「視える」。自分のなすべき事が「わかる」。


 まず、敵の一人の手を射抜く、引き金を引けずにうずくまる。


 次に、別の一人の足を射抜く、足を踏み外し瓦礫から崩れ落ちる。


  それぞれの銃口の先には歩哨がいた、彼らはまだ閃光手榴弾の餌食だった。


 音が、消えている。閃光手榴弾のせいなのか、でも耳鳴りは聞こえない。


 言葉を発したように思う、味方が少しずつ意識を取り戻すのがわかる。


 また別の一人、銃口をこちらに向けている、当たらないことはわかる。

 だから自分は弓を引き、放つ、右肩にあたる。うずくまる。


 黒の背景と金色の線は装甲車の中も描く、乗員は二人しかいない、一人が動いて、機関砲銃座に取り付く。音が聞こえないが、機関砲が瓦礫を押し除け、こちらに向く。

 いいのだろうか、そんなに大きな的を私の目の前に出してしまって。


 弓を引き、装甲車の機関砲を射抜く。爆ぜる、味方は大丈夫だろうが、中の人は…

 

 爆破音は耳をつんざき、爆風は伊織を吹き飛ばす。景色と音、湿気と埃っぽさと土臭さ、ガソリンの燃える匂いと、人の悲鳴、怒号が聞こえる。


 戻ってきた、伊織はそう感じた。黒の背景と金色の線は消え去って五感が戻る。味方は無事だ、押し返すチャンスだ。声をかけて、敵を追い出そうとするが、他勢に無勢、階段まで押し込まれてしまった。

 ギリギリのところで矢を番て射抜く、訓練や普段の実戦通り、その狙いは細胞の粒まで厳格に射抜く。

 さっきのは、なんだったのか、考えている余裕などないが先ほど感覚がチラついてしまう。


 間違いないのは先輩に引き上げてもらったっということだ。


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