9.離れる距離、縮まる距離。
『おやすみ』
『うん、おやすみ』
真央と鈴夏のメッセージのやりとり。当初毎日だったのが二日に一度になり、三日に一度になり、気が付けば前にメッセージ送ったのがいつだったのかも忘れてしまうほどになっていた。
「鈴夏……」
GW以来会っていない。会いたいと思う一方でそれを恐怖する自分もいる。真央はひとりベッドの上で眠れぬ夜が過ぎるのをじっと耐えた。
「鈴夏さ、この間の返事はどうかな?」
渡瀬鈴夏が通う進学校。スポーツにも優秀な生徒が多く、全国区のレベルを誇る。
その中でもテニス部の高橋は成績優秀で、テニスも上手なまさに女子生徒との憧れの的であった。大してテニスに興味のなかった鈴夏だが、友達のついでに入部したその先で高橋に出会った。すぐに彼の方から声を掛けて来た。
「よろしくね、鈴夏ちゃん」
馴れ馴れしいと思った。だけど嫌味のない笑顔や言葉に徐々に警戒心が溶けていく。そして彼女を襲った進学校の壁。ハイレベル、ハイスピードで進む授業に鈴夏は付いて行くことが徐々にできなくなる。
「鈴夏、最近部活に来ないけどどうしたの?」
テニス部を休んで勉強をしていた鈴夏に高橋はその隙を埋めるように近付いた。勉強の悩みを知った高橋はすぐにふたりきりでの指導を始める。
(凄い!! とても分かり易いわ!!)
頭の良い高橋。的確に後輩の勉強の指導を行う。そして男としても魅力的な先輩。彼氏がいると言う鈴夏に気を遣いながら少しずつその関係に楔を打っていく。
「鈴夏、俺と付き合って欲しい」
そう高橋に言われた鈴夏は戸惑った。真央がいる。自分には彼氏がいる。でも心のどこかで嬉しいと言う気持ちは隠しきれなかった。
「少しだけ時間をください……」
そう答えるのが精一杯だった。真央は優しい。でも傍にいてくれない。そんなことは分かっていた。分かっていたけど、近くにいる支えにどうしても頼ってしまう自分がいる。
(真央、今すぐここに来て、ぎゅっと抱きしめて。そうじゃないと、私……)
鈴夏はどうしようもない彼との距離を思い、静かに目を閉じた。
(楽しい楽しい楽しい楽しい楽しーーーーーいっ!!!!)
結は放課後、図書委員の仕事を終えると家に帰り、部屋にずっと籠るようになった。
彼女が全集中で取り組んでいたもの。それは真央と自分のコスの衣装作りである。既製品は高いし、そもそも自分のイメージに合った物はない。だから昔やっていたように手作りで作ることにした。
「これを真央様が着るんだ」
スケッチブックに描いた簡単なイラスト。真っ黒なスーツに漆黒のマント。まさに魔王に相応しい堂々たる衣装。予算オーバーの分は自腹を切り材料を調達。もはや仕事と言うよりは自分の趣味。魔王様である真央にこれを着て貰うのが楽しみで仕方なかった。
「わ、私のはこれでいいかな……」
ネットで丹念に調べた小悪魔コス。ビキニのような際どい衣装に透け透けのパレオ。注目はやはり背中に付けた黒い小さな翼。悪魔を表す代表的な衣装ではあるが、学校の『図書祭り』で着るにはやや露出が多すぎる。
「もうちょっと露出を抑えて、ええっと、こんな感じかな……」
肌が出る部分を大きく減らした結のスケッチ。エロ可愛さは減ってしまったが、これでも十分皆の注目を集められるはず。大好きなラノベの紹介。図書祭り。真央様一押しの本。
「絶対に成功させるんだ!!」
結は来月の祭り本番に向けて必死に衣装作りに励んだ。
「真央様、コスの衣装ができました!!」
まさに夜なべをして作ったような魔王衣装。6月に入り図書祭りが近付く中、放課後に図書室にやって来た真央に結が笑顔で言った。
「そうか!! できたか!!」
それを聞いて喜ぶ真央。紙袋の中から取り出された真っ黒なスーツ。長い漆黒のマントはまさに闇の大魔王。早速服を着替えた真央に結が目を輝かせて言う。
「凄いです!! 凄い凄い!! 真央様、すっごく似合ってるよ!!!」
鏡で見た自分。そこに本物の魔王がいると思わず錯覚するほどの出来栄え。自然と設定に入る真央。
「我こそは最強にて最高の唯一無二の存在……」
右手の指を額に当て斜め前かがみになり、左手は腕を斜め上空にピンと伸ばす。
「絶対的存在にて絶対的魔力を持つ支配者。煉獄の大魔王『西京真央』とはこの我のことなり!!!」
そして左腕を胸に当て右手の指を天に向けそうつぶやく。完璧。もはや身も心も魔王。自分に心酔する真央に結が言う。
「これで図書祭りも完璧だね!!」
ラノベ紹介ボードも製作済み。他に紹介する本の選別も終えている。ほぼすべて結の計画通りなのだが真央がドヤ顔で答える。
「無論だ。この我に不可能の文字はない。この程度の祭り、目を閉じていてもやってのけようぞ!!」
普通の女子高生なら間違いなく引く台詞。だが同じ厨二病の結には深くその心に突き刺さる。真央が尋ねる。
「時に下部Aよ。そなたもコスをすると言っていたが、衣装はできたのか?」
「え? あ、はい。一応……、今日は持って来てないけど……」
恥ずかしさと共に当日真央を驚かせたい。結の小さな最終計画。そして図書祭り当日を迎えた。