7.私の輝ける場所
藤原結の家庭は、いわゆる教育熱心な家庭であった。
「結、またそんな本を読んで!!」
元々読書好きだった結は中学に入るとラノベにのめり込むようになる。
「だって、面白いし……」
だがそれを母親は許さなかった。彼女が読む本は学校推薦図書や著名な作家の本ばかり。興味のない純文学の本や参考書が、結の前に山のように積み重ねられる。それでも彼女は自分の好きを隠しながら貫いた。
(こんなに面白くてワクワクできる素敵な世界。離れることなんてできる訳ない!!)
母親に隠れてラノベを買っては夜遅くひとり読む生活。そしてその行為は更にヒートアップしていく。
「……できた」
それはコスプレ。ラノベの主人公と共に旅する魔法使いの少女が着ていた服。結は小遣いを貯めて手作りの衣装を作り上げた。そして学校にいたラノベ好きの友達と一緒に、自分で作った服を着て見せ合ったりしていた。
楽しかった。こんな馬鹿みたいなことをやっても本気で受け入れてくれる人達がいる。仲間。一緒に居るだけで力を貰える。結は夢中になって厨二病の世界へとのめり込んでいった。
「結っ、ちょっと来なさい!!」
そんな彼女の世界が崩れる日がやって来る。
ある日、学校から帰った結は額に青筋を立てて怒る母親の顔を見て直感した。
「これは一体何なの!!」
想像通り母親の手には結の作ったコスの衣装。黙り込む結に母親が強い口調で言う。
「こんなくだらないもの作って!! すぐに捨てなさい!! 今すぐに!!」
――くだらないもの
そうか。この人にとってこれは『くだらないもの』なんだ。
結は叱られながらも冷静に、客観的にその状況を理解した。そして目の前でゴミ袋に入れられる手作りの衣装を見て無表情のまま涙を流した。
この日を境に結の成績が下降線を描き始める。
元々成績優秀だった彼女。だがまるで何も考えていないような無機質な表情を浮かべるようになり、あまり話をしなくなった。ラノベの友人とも自然と距離を取るようになり、彼女の居場所はなくなった。
(普通の高校。ここでいい。私はここでいい……)
高校に進学した結。この頃になるとさすがに母親もやり過ぎたと思ったのか、それとも諦めたのかあまり娘に干渉することはなくなった。そして少しずつだが再びラノベの本を手にすることになる。
(本当にこんな世界があったらいいな……)
小説の話。世界を制した魔王が苦労しながら皆を引っ張っていく。その強引さ。強さ。すべてに憧れた。
「ねえ、結。図書室に面白い人がいるんだって」
そんな時聞いた噂。図書室にいると言う厨二病の男子生徒。
『我は最強にて最高の唯一無二の存在。すべての者を支配する煉獄の魔王『西京真央』とは我のことなり!!』
立てた指を額に当て、体を斜めに傾けポーズを取って語るその姿。まさに魔王。まさに世界を統べる者。
(いた!! 私を力づくで攫ってくれる魔王様)
結は欠番の出た図書委員募集に迷うことなく応募した。
「魔王様~、こちらの本、お願いしまーす」
真央が図書委員になって一か月、魔王になり切った彼の評判は一部の生徒に受け図書室がにぎわうようになっていた。
「うむ、良き本を選んだな。褒めてつかわすぞ」
魔王キャラになり切っての対応。最初こそ揶揄いに来ていた生徒も多かったが、やがて親しみを込めてやって来る人の方が多くなった。当初教諭にも注意を受けていたが、生徒がたくさん本を借りるようになるのを見て最近は何も言わなくなった。
「真央様、乙で~す」
「下部Aか。よく来た。すぐに我を手伝え」
「了解で~す!!」
真央の一番の理解者である結は今日も下部Aとして一緒に過ごす。傍から見たら馬鹿げたこと。だけどその馬鹿げたことを本気でやっている。誰に何と思われようが決して自分を曲げない。
(高校に来て良かった。真央様に出会えて良かった)
自分自身が最も輝く場所。ようやく見つけたその心地良い場所。結はいつまでも浸かっていたいと願った。




