54.結と真央
まだ残暑の暑さが厳しい9月。真央の高校は二学期が始まっていた。
「真央様〜。乙でーす!!」
放課後の図書室。いつも通りに結の明るい声が響く。カウンターにいた真央が両手を胸の前で交差させ、やや上を見つめてそれに答える。
「うむ、今日も真面目にやって来たか。下部Aよ。殊勝なこと、褒めて遣わすぞ!!」
「ありがとでーす、真央様!!」
再び復活した魔王設定。今は前にも増して気合が入っている。結が真央の隣に座り上目遣いで質問する。
「真央様ぁ、今日は一体何の本を読むんですか〜?」
上から眺める結。どうしてもその前に突き出した豊かな胸元に目がいく。真央が小さく咳をしてから答える。
「うむ。やはり下々の者にお勧めはこの……」
結が真央が手にしようとした『魔王様の憂鬱』を先に取りドヤ顔で言う。
「は〜い、これですね!! 我らがヴァーイヴル『まお憂』。了でーす!! 今日も読んじゃいまーす!!」
「う、うむ。良きことなり……」
ふたりは夏休みから正式に付き合うようになった。事故がふたりの距離を縮めたと皆は思ったのだが、その赤髪の美少女だけは分かっていた。
(真央さんと藤原さん、とてもお幸せそうなお顔ですわ)
スマホが無い美香が、真央の事故を知ったのは既に退院した後。夏休みであまり人に会わなかったことが更に知る機会を遅らせた。
(でもこれが運命。残念ながら今はまだわたくしの出番では無いようです。ですけど……)
自慢の赤髪をポニーテールに髪を結った美香が、真央の横に座り甘えた声で尋ねる。
「真央さ〜ん。わたくしにも色々と教えて頂けませんでしょうか〜?」
一学期よりなぜか色気が増している美香。図書室中の男子生徒が鼻の下を伸ばし、その艶やかな美少女を見つめる。結がムッとした表情で美香に言う。
「美香さん!! 今、真央様は私と話をしているんですよ!!」
美香が口を手に当て笑いながら答える。
「おーほほほっ!! 何を仰るのですか? 今は図書委員としての仕事中。いつ、誰と話をしても問題なくってよ」
「むかっ!! あー、そうですか!! じゃあ……」
結が真央の腕に手を絡め、自慢の胸を押し当てる。
「お、おい!? 結??」
思わぬ結の攻撃に激しく動揺する真央。それを見た美香も負けじと真央の腕に手を回し、平な胸を必死に押し当てる。
「み、美香まで!? ちょっとふたりとも!?」
もはや設定などどこかへ吹き飛んでしまった真央。結がドヤ顔で美香に言う。
「あーははははっ!! そのようなお粗末なもので、この最高にて最強で唯一無二の存在である魔王様が第一下部A、藤原結に勝てるとお思いであるのか!?」
完全に『結』に戻った彼女。真央ですら苦笑いするような厨二病ぶり。美香も負けじと言い返す。
「おーほほほほっ!! 何を仰います? まるで牛のような腫れ物。そんな下品なものに魔王様がご興味を示されると? 誇り高き魔王様はわたくしのように品があり、淑やかで可愛らしいこの控え目な膨らみがお好きなんですわよ!!」
そう言って堂々と胸を張る美香。皆の視線がその平な胸元へと注がれる。
「ぷっ、あははははっ!!」
「くす、うふふふっ……」
そう言った後見つめ合い、笑い出すふたり。結が言う。
「な、なに、牛の腫れ物って!? きゃはははっ!!」
「わ、わたくしも素直に貧乳だと認めなければならないですわね。くすくす……」
相変わらず仲の良いふたり。ただ真央が絡むとやはりそうは行かない。
「それで真央さんは一体どちらのものがお好きなのでしょうか?」
「え?」
結が問い詰めるように尋ねる。
「真央様。もちろん私の方だよね〜、私、彼女だし!!」
美香も張り合うように言う。
「それは分かりませんわ。わたくしだって未来の伴侶になるかもしれませんわよ〜」
結がむっとして真央に尋ねる。
「そんなことないよね!! 真央様は結のもの!!」
あの事故以来、結は吹っ切れたように真央に寄り添うようになった。
「お疲れ様〜!!」
「乙っす!!」
夕方、図書委員の仕事を終えた皆が帰宅する。美香が真央と結に頭を下げて言う。
「それではお疲れ様でしたわ。わたくしアルバイトがございますので、お先に失礼致します。ではごきげんよう」
「じゃあね〜、また明日!!」
美香は自転車に乗り小さく手を振って走り出す。真央と結、夕焼けを背に並んで歩く。
(本当に良かった。またこうして結と一緒に歩くことができて)
未だに信じられない。あの日、あの夜。結を失った日。隣を歩く結が真央を見上げて言う。
「どうしたの、真央様?」
「ん? 何でもないよ。結、大好き」
唐突の言葉に結が顔を真っ赤にして答える。
「え、ええ? どうしたの?? わ、私も大好き、だよ……」
驚きながらも嬉しさが隠せない結。真央が結の手を繋ぐ。結も真央の手に指を絡めるように繋ぎ返す。真央が心から思う。
(もし叶うのならば……)
――この幸せがずっと続きますように
全然魔王様らしくないな、と真央はひとり苦笑した。
今話にて完結です。
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