51.運命の日、再び。
「結~、ごめんね。急に!!」
急遽変更になった17時ちょっと過ぎ。約束の港駅にやって来た結に友人が舌を出して謝る。周りは年に一度の花火大会を見に行く大勢の人。まだ空は明るいが、この時間でも遅すぎるぐらいだ。
紺色の浴衣に身を包んだ結の友達。たくさんの浴衣女子がいる中では目立たないが、それでも十分可愛らしい。結が言う。
「似合ってるよ、浴衣!!」
「結だって~」
花柄の浴衣。母親が着付けを手伝ってくれた自慢のもの。他にも同じ高校の友達数名。お互いの衣装を褒め合う皆を見ながら、そのイケメンが笑顔で言う。
「みんなとても素敵だよ。一緒にお供させて貰えて僕は光栄だ」
「やだ~、ユーシア君だってカッコいいよ!!」
ちなみに西野も男性用浴衣を着ている。スタイルも容姿も良いので何を着ても似合う。西野が金色の髪をかき上げ皆に言う
「じゃあ、行こうか。早く行かないと場所がなくなっちゃうしね!」
「うん!!」
女子達がそのイケメンの言葉に頷き歩き始める。結も皆の後に続いて大勢の人が歩く中、歩道を歩き始めた。
(まさか鈴夏に会うとは……)
元カノと別れて電車に乗った真央。まだズキズキと痛む胸を押さえつつ前を向く。
(俺は結を救う為にここに戻った。前回行けなかった花火大会へもこうして向かっている!!)
前の世界では未練があった鈴夏に会う為に、この日この時間は隣県の夏祭りへと向かった。けじめをつけるには良かった行動であったが、結果それが結を最悪の事態へと追い込んだ。
(集合は18時。思わぬ事態に少し遅れたけど、17時半ぐらいには駅に着けそうだ……)
そう思いながらポケットに入れたスマホを探す。
「あれ?」
真央の心臓が強く鼓動する。
(ない!? スマホがない……)
ズボンのポケット。肩掛け鞄。至る所を探すが見つからない。
「忘れた……、いや駅のホームで時間を確認して、あっ」
思い出した。ホームの椅子に座りスマホを見ていた時に鈴夏が現れた。あれ以降触った記憶がない。
「くそっ……」
ここに来て最も大切な連絡手段であるスマホを失った。今から戻っていては時間に間に合わない。真央の体が、まるで血液が逆流するかのように熱くなる。
(結、結、お願いだ。そこから動かないでくれ……)
スマホが無くても時間より早く行って彼女に会えば何とかなる。真央は車窓の外に流れる景色を、大きく深呼吸しながらじっと見つめた。
(歩き辛い……、もう足痛いし……)
結は会場への歩道を歩きながら、慣れない下駄によって赤くなった足を見てため息をついた。想像以上の人混み。人がまるで波のようになって移動している。友人が言う。
「結、気を付けてね。はぐれないように」
「うん、大丈夫だよ」
そう答えるもののギュウギュウ詰めになった歩道を歩く人混みに、何度も体が押される。やがて日も傾き少しずつ薄暗くなっていく空。足を気にしていた結が一瞬気を抜く。
「きゃっ!」
突然体に掛かる衝撃。人波が結と言う防波堤に当たったかのような衝撃。
(え?)
足の痛みを気にしていた結。慣れない下駄。歩道の端に下駄が引っ掛かり一瞬バランスを崩す。
「大丈夫?」
結は自分の腕が強い力で掴まれていることに気付いた。その相手は西野ユーシア。歩道に弾かれそうになった結の腕を素早く掴み言う。
「危ないから。ほら、こっち来て」
「あ、はい。ありがとう……」
西野と入れ替わる様に歩道の内側へ移動する結。西野が笑顔で言う。
「僕が結ちゃんを守るから。ね」
結はそれに無言で、僅かに頷いて答える。
人の熱気で暑い。額に、うなじに汗が流れる。だがそんな暑さとは別の何か『嫌なもの』が彼女の中に生まれ始めていた。
(よし、17時半!! 間に合った!!!)
結達の約束の時間である18時。鈴夏との遭遇と言う予想外の出来事はあったが、無事に到着することができた。
(それにしてもマジ凄い人だな……)
この時間になると、駅前は多くの花火大会の客で溢れていた。多くの女性が浴衣を着て楽しそうに笑っている。暑いが見応えのある花火大会。真央は駅周辺を一周し、まだ結達が来ていないことを確認。改札付近で待つことにした。
(大丈夫。俺はできる。最強の魔王。絶対にできる)
真央は自分に暗示をかけるように何度も今夜の作戦の成功を願った。
(もうすぐ18時。まだ誰も来ない……)
真央が駅前にある時計を何度も確認する。同じ場所を繰り返し行ったり来たりする。いない。結はもちろんその友人らも、一緒に来ると聞いていた西野の姿も見当たらない。
(どうなってるんだ。くそっ、スマホさえあれば……)
真央が無くしてしまったスマホを思い悔しがる。
ここまで来た。結を救うことができる目の前まで来た。なのに肝心の結に会えない。もうすぐ来るのか。まさか場所や時間の変更があったのか。様々な不安が真央を襲う。
そして誰も来ないまま、時計は無情に18時を告げた。




