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49.繰り返される運命

 夏休みに入った。運命の日はもうすぐそこまで迫っている。鈴夏と別れ、好意を持ってくれた美香も断った。理由はただひとつ。



 ――結を救う


 あのすべてを否定した過去。不甲斐ない自分のせいで彼女は死んだ。天が与えてくれたやり直しの奇跡。何が何でも運命を変えてやる。



 ピンポーン


 部屋に居て花火大会当日のイメージトレーニングを行っていた真央の耳に、家のインターフォンの音が響く。平日の昼間なので両親は不在。モニターの画面を見た真央が驚いて言う。


「え、美香!?」


 門の前に立っていたのは赤髪の美少女。先日交際を断ったばかりの美香であった。ドアを開け尋ねる。



「美香!? どうしたんだよ」


 彼女のアパートとここはそれほど近くはない。汗に濡れたTシャツを着た美香が顔を赤くしながら答える。


「ええ、突然申し訳ございませんわ。この近くで新しく家庭教師をすることになりまして。ちょっと真央さんにご挨拶をと」


 汗だくの美香。透けて見える下着がなんとも色っぽい。


「それでもしよろしければ新しい本をお借りしたいなと思い、ここへ参りました」


「本? ああ、ラノベか」


 一瞬迷った真央だったが返す訳にもいかず家へと招き入れる。



「ああ、やはり真央さんのお部屋は涼しいですわね!!」


 久しぶりに部屋にやってきた美香。近くに立つとむわっとした女の香りがする彼女に一瞬理性が飛びそうになる。美香が本棚に並んだラノベを見て微笑みながら言う。


「初めてここに来たのも本をお借りする為でしたわね」


「そうだな。なんか懐かしい」


「ええ」


 そう答えながらも真央は戸惑っていた。好意を持つ相手。告白を断った相手。ふたりきりで部屋に居て何も思わないはずがない。ただ美香はそんな真央の気持ちを全く理解できないかのように普段通りに振る舞う。



「来年の図書祭りも楽しみですわね」


 ラノベを片手にそう微笑む美香は可愛らしかった。


「そうだな」


 もう来年の話。美香はある意味いつもポジティブだ。



「来年も真央さんは魔王コスをなさるのですか?」


「えー、どうしよう? 希望があればやるけど、まあ、あれしかできないけどな。美香はまたやるの? 小悪魔ちゃん」


 初めて美香が顔を赤くして答える。


「わ、わたくしも少し恥ずかしいので考えますが、真央さんがどうしてもと仰るなら構いませんけど」


「そうなのかい」


 真央も笑う。確かにお嬢様キャラで通っている美香のあの姿は今思い出しても貴重だ。美香が言う。



「でも今年以上に露出があるものはダメですわよね。先生に()()注意されてしまいますし」


(え?)


 真央はその言葉を聞き耳を疑った。コスプレ衣装の教諭からの指導。前の世界ではあったが、今回は露出を抑え注意などはなかったはず。真央が尋ねる。



「美香、コスプレの衣装で先生に注意されたのか?」


「え? ええ、先生がお越しになって『露出が多い、図書祭りにはそぐわない』と仰って……」


 真剣な目の真央を前に美香がやや戸惑う。その場は結が今回はラノベの紹介と言うことで場を収めたらしい。恐らく真央がトイレに行っている間の出来事。事なき終えたので話題にはならなかったが、真央がその可能性を思い青ざめる。



 ――前の世界が繰り返されている?


 鈴夏との別れ。図書祭りに衣装の指導。美香と言う新しい仲間は増えたが、結は結局花火大会へ行く。


(まずいまずいまずいまずい!! やはり運命は変えられないのか……)


 運命に抗うことの難しさ。自分と言うちっぽけな存在が足掻いても何も変えられないのか。眉間に皺を寄せて難しい顔をする真央に美香が声を掛ける。



「如何なさいました、真央さん?」


 美香の存在に気付き真央が答える。


「あ、いや、何でもない。ごめん」


 美香が不思議そうな顔になる。その後しばらく部屋に滞在した美香は、数冊のラノベを手にアパートへと帰って行った。



(俺は変える、絶対に未来を変える!! 結を救って、ふたりで二学期を迎える!!)


 真央は大きく息を吐き、改めてその誓いを胸に刻んだ。





 そして運命の日、夏休みに入って最初の土曜日を迎えた。


(約束は港駅に18時。少し早めに行くか)


 友達と花火大会に行く結。悔しいことにあの西野ユーシアが同行することになり、真央の参加は拒否された。だがそんなことでは諦めない。尾行でも偶然を装っても何でもいい。とにかく今日、結の近くにいてその身を守る。真央があの日の状況を皆の証言から連想する。



(花火大会に行く道路。人が多くて脇に押し出された結が、車に撥ねられる)


 駅から会場までの道路は事前に確認した。それほど広くない歩道。多くの人が歩けば混乱になるのは避けられない。花火大会実行委員にも『警備を強化してくれ』と電話したが、返事は当たり障りのないものだった。やはり自分が守らなければならない。

 真央は約束の時間より早く家を出て駅へと向かった。



(この分なら17時過ぎには駅に着くな)


 大きな規模の花火大会。すでに浴衣姿の女性もちらほら見かける。



「ふう……」


 駅のホームの椅子に腰かける真央。緊張が胸に刺さるような痛みとなって感じる。震える足。手には脂汗が止まらない。スマホを手に時間を確認。大丈夫、そう自分に言い聞かせた真央が、目の前に立つ女性に気付き顔を上げる。



「あっ」


 目を疑った。艶やかな黒髪をアップにした可愛らしい女性。赤色の浴衣が美しいその見知った女性が笑顔で言った。



「真央、会いに来ちゃった」


「り、鈴夏……」


 別れたはずの元カノ渡瀬鈴夏。美しい浴衣を着て真央の前に現れた。

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