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46.美香お嬢様の初恋

(真央さんが、恋人……)


 その夜、美香は布団に入ったまま中々眠れなかった。

 妹が言った何気ない言葉が頭の中をぐるぐる回る。考えてもみなかった『恋人』と言う関係。名門西園寺家の名を汚さぬよう肩肘張って生きて来た。馬鹿にされぬよう生きて来た。恵まれた容姿。それさえも自分を優位に立たせる為に使ってきた。


(真央さんがわたくしの恋人でしたら、それは……)



「素敵ですわ……」


 暗い天井を見つめながらつぶやいた言葉。初めて真央が好きと言う感情が美香の中に姿を伴って現れた。






 翌日の放課後。美香は図書室手前の廊下でひとり窓の景色を見つめていた。授業なんて集中できなかった。確かめたい。早く話がしたい。真央と、


「藤原さん。ごきげんよう」


 そして藤原結と。



「こんにちは。西園寺さん」


 結は切り揃えられた亜麻色の髪を揺らしながら笑顔でそれに答える。図書室に入ろうとする結に美香が言う。


「ちょっと、お時間頂けませんでしょうか?」


「え、私? いいよ」


 胸騒ぎ。予感。美香の後に続いて歩く結は、言葉に言い表せぬ感情に包まれた。

 校舎の渡り廊下。誰もいない場所に来てから美香が尋ねる。


「藤原さん。藤原さんは恋をしたことがございますでしょうか」


 来た。結は思った。


「うーん、あまりないけど……」


 美香がやや困った顔で尋ねる。



「わたくし、もしかしたら真央さんのことを好きになってしまったのかもしれないのです……」


 結が無言になる。美香が続ける。


「わたくし、恋とか……、そもそも男性を好きになると言う感覚がどうも良く分からなくて……。大切な人はこれまでにいらっしゃいました。でもそれが恋かと尋ねられれば、はて。どうでしょう……」


 本当に不器用な人だと思った。自分のことが分からない。どうしていいのか見当もつかない。結が答える。


「私もそんなに詳しくはないけど、例えば会えない時にずっとその人のことを考えちゃうとか、一緒に居ると嬉しいんだけど顔が真っすぐ見られないとか。会わない時間は長く感じるけど、会うとすぐに時間が過ぎちゃうとか。そんなもんかな……」


 真面目に、真摯に結の話を聞く美香。そして大きく頷いて答える。


「そうですわ!! まさにその通り。ああ、わたくし、本当に真央さんに恋をしてしまったのですね……」


(西園寺さん……)


 そう言って窓の外を見つめる美香は尖ったお嬢様ではなく、初めての恋に心ときめかせる乙女のようであった。美香が結の手を握り、目を輝かせて言う。


「感謝致しますわ、藤原さん。わたくし、もっともっと真央さんのことが知りたくなりましたわ。さあ、図書室へ戻りましょう」


「え、ええ……」


 跳ねるように図書室へ向かう美香。そんな彼女の後姿を見ながら結が思う。



(会えない時にずっと考えちゃう。会っても顔が見られない。すぐに時間が過ぎちゃう。それって……)


「私じゃん……」


 結は誰にも聞こえないようにそう小さくつぶやいてから、美香に続き図書室へと戻った。





「結っ!!」


「あ、真央君……」


 すでに図書室へ真央はやって来ていた。楽しそうに話しかける美香を無視して結の元へと駆け付ける。結が冷たい表情で言う。


「昨日、楽しかった?」


「え? あ、まあ、それは……」


 昨日の件。それは美香の家に夕食に呼ばれたこと。結は無意識に不機嫌になる自分にやや戸惑う。真央が尋ねる。



「なあ、それで花火大会だけど……」


「ああ……」


 結が思い出したように答える。


「ダメだって。他の人が来るの」


「何で? 別にいいじゃん。邪魔しないし……」


 寂しそうにそう言う真央に結が答える。



「西野君が来るんだ」


「え? 西野って……」


 思い出されるサッカー部のエース。金色の髪のイケメン。結が言う。


「友達がすごくファンで、頼まれちゃったみたいで」


「何だよ、それ!? じゃあ俺だっていいじゃん!!」


「ダメだよ。その友達って最初真央君から私を守ってくれてた子。あまりいい感情持たれてないんだよ、その子に」


(くそっ!!)


 真央が内心悔しがる。そんなどうでもいい理由では納得いかない。そんなくだらない理由で結を失う訳にはいかない!!



「集合場所は? 時間は?」


 結がやや躊躇い気味に言う。


「港駅に、18時……、だけど来たって一緒には行動できないよ」


「分かってる。それでいい」


 真央の真剣な顔。一体何が『分かっている』のか。今の結には理解できない。




「真央さーん、早くこちら来てくださーい!!」


 カウンターから美香の呼ぶ声が響く。結が目を伏せながら言う。


「行ってあげたら」


(結……)


 上手くいかない。どうしてここまで頑張って来たのに上手くいかないのか。真央は何度も自分を呼ぶ美香に軽く手を上げてからカウンターへと戻って行った。



(私何やってるんだろう……)


 結は図書室の本棚の整理をしながら、素直になれない自分にため息をついた。






「はあ……」


 帰りの電車。ひとり暗くなった窓の外を見つめる真央。自然とため息が出る。


(もうすぐタイムリミットの夏休み。俺はちゃんとできているのか……)


 夏休みの最初の土曜日。このままでは結が花火大会に行くことは避けられようがない。ただ何らかの形で干渉できれば、あの忌々しい事故は防げるはず。必ずやり遂げる。何が起こっても結は俺が守る。

 そう固く誓う真央のスマホからメッセージの受信音が響く。ポケットから取り出しその差出人の名前を見て驚いた。


(え?)


 真央が固まる。じっとスマホの画面を見つめ、その名前を小さくつぶやいた。



鈴夏りんか……」


 別れた元カノ。中学の頃に、言ってみれば『永遠の愛』を誓った真央の初めての恋人であった。

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