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44.小さな嫉妬

(どうして、どうしてこんなに顔が火照るのかしら……)


 真央を夕飯に誘った美香。それはある意味彼女にとって初めての大きな覚悟でもあった。だがそれ以上に今朝のことを思い出すと顔が熱くなり、胸の鼓動が止まらない。


(真央さんにはわたくしの本当を知って頂きたい。このような取り繕ったわたくしでなく……)


 美香は決意していた。お金がないことを馬鹿にされて来た幼少時代。それに負けぬようお嬢様のように振る舞ってきた。利口で頭の良い彼女。すぐにその『仮のお嬢様』も板につき、気付けば皆がそれを信じ自分をお嬢様扱いするようになった。



(でもそれは決してわたくしが望んだことではなかったのです……)


 馬鹿にされたくなかった。西園寺家の流れを受け継ぐ者としてお金がないことを言われるのは許せなかった。

 だが美香が選んだ選択。それは逆に嘘で塗りたくった自分を演じ続けねばならない茨の道でもあった。そんな時、その破天荒な男が現れた。



『我こそは最強にて最高の唯一無二の存在、煉獄の大魔王なり!!』


 面食らった。最初は関わらない方が良いと思った。

 だけど彼と接するうちに、全くお嬢様扱いしない真央にいつしか安堵するようになっていた。お嬢様だろうとそうでなかろうと彼はきっと変わらない。



(だって魔王様ですからね)


 美香が席につき苦笑する。

 会いたい。先ほど会ったばかりなのにもう真央に会いたくなっている。放課後の図書室、自宅アパート。美香は全く進まない授業を受けつつ、今日彼に何を作ってあげようかと胸躍らせながら考えた。






(来た!! 結だ!!)


 放課後、誰よりも先に図書室へ来た真央はその亜麻色の髪の少女を緊張した面持ちで待っていた。謝罪したい。言い訳など不要。素直に謝るだけ。


「あっ」


 真央を見た結もなぜがやや驚いたような顔になりゆっくりと歩み寄る。



「ごめんなさい!!」

「ありがとう!!」


「「……え?」」


 ふたりが目を合わせる。感謝と謝罪。目をパチパチさせるふたり。堪らず真央が尋ねる。



「結、俺昨日のこと謝りたくって、結のお母さんに失礼なことしちゃって。でも、なんでありがとうなの?」


 結が頷いて答える。


「うん、ちょっとこっち来て」


「ああ……」


 真央の服の袖を掴んで人のいない部屋の隅へと向かう。少しのどきどき。結が真央を見上げて言う。



「実はね……」


 結は昨晩車の中で母親と話したことを真央に伝えた。家ではラノベが読めなかったこと。母親にあまり興味のない本を無理やり読まされていたことなどすべて。それを聞いた真央が驚いた顔で言う。


「そうだったのか。それにしても驚いた……」


 ラノベが禁止されていたこともそうだが、間違いなく母親は激怒しているものだと思っていた。初対面の相手。皆の面前。恥をかかされて怒らない人はいない。結が笑顔で言う。


「だからね、ありがと。()()()


「え? あ、うん……」


 一瞬よぎった。前の世界にいた結が。



「どうしたの?」


 微妙な変化に気付いた結が、密着するように近付き尋ねる。可愛い。結の汗と女が混じった香りが真央の鼻につく。だから判断が鈍った。ここで『設定』を出して魔王でもしていれば良かったのだが、ついそのことを話してしまった。



「きょ、今日さ。美香の家に()()に誘われててさ。結も行くの?」


(え?)


 知らない。そんなこと全く聞いていない。無反応の結を見てようやく真央がつまらないことを言ったと気付く。


「あー、いや、忘れてんのかな。美香の奴……」


 結がやや沈んだ目をしながら言う。


「忘れてなんかないと思うよ。じゃあ、仕事に戻るね」


「あ、結……」


 真央の呼びかけにも背を向けてカウンターへと戻る結。つまらないことを言った。言わなくてもいいことを言った。再び真央が頭を抱える。



「真央さん、お疲れ様ですわ!!」


 そこへやって来る美香。その笑顔はまるで間もなくやって来る真夏の太陽の様に輝いていた。


(美香さん……)


 結も彼女に気付き小さく挨拶する。


「あら、藤原さん。お疲れ様ですわ!!」


 何も知らない美香。笑顔で挨拶をする。



「では仕事を始めましょうか」


 そう言って当たり前のように真央の()に美香が座る。結はその光景を見て図書室の奥の方へ本の整理に向かった。



「真央さん、この本とても面白かったですわ! ……あ、これはこれはごきげんよう。今日も本をお借りにおいでになったのでしょうか?」


 美香は真央と話をしつつそつなく図書委員の業務をこなしていく。学年一の美人と称えられる美香がカウンターにいるだけで華があったし、それ目当てに男子生徒が次々とやって来る。


「そんなことありませんわ。おーほほほほっ!!」


 どんな相手にでも見事に対応する美香。頭の良さも併せ持つ。



「お疲れ様~」

「お疲れっす!!」


 終業の時間。次々と帰宅する生徒達。結も真央を含めた皆に頭を下げて挨拶する。


「お疲れ様です。お先です!!」


「あっ……」


 真央が思わず声を出す。色々話したかった今日のこの時間。だが結局図書委員の業務や美香の相手をしていて全く話せなかった。


(それどころか変な誤解までさせちゃったし……)


 誤解ではない。ただ美香との夕食の話を聞いてから明らかに避けられている。友達と一緒に図書室を出て行く結を見ながら真央がため息をついた。



「真央さん。ではご一緒に帰りましょうか」


「え、あ、ああ……」


 もはやどうすることもできなかった。美香を断る訳にもいかない。真央は仕方なしに美香と共に彼女のアパートへと向かった。

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