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43.誘い合い

「いただきます」

「いただきまーす!!」


 美香のアパート。古く狭い部屋の中で、美香が妹達と小さな食卓を囲む。茶碗には白米を薄めたお粥。賞味期限ぎりぎりの特価だった焼き魚に漬物。母親はパートに出ていて夜半まで帰って来ない。美香が妹に言う。


「美味しい?」


「うん!」


 学校で見せるお嬢様キャラからは想像できないような優しい笑み。お金は無くても姉妹で一緒に食卓を囲む今がとても好き。妹が美香に尋ねる。



「お姉ちゃん、どうしたの?」


「え? な、何でもないですわよ……」


 美香が笑顔でそれに答えお粥を啜る。妹達は感じていた、姉の様子がいつもと違うと。美香の脳裏には食事の度に『あること』が思い出されていた。



(お食事をご馳走になったまままだ何もお返ししておりませんわ……)


 少し前の『図書祭り』の打ち上げ。真央と結と三人で行ったファストフードでご馳走になった。凋落したとは言え西園寺家の流れを組む家。このまま何もしない訳にはいかない。美香が妹達に尋ねる。


「ねえ」


「なに? お姉ちゃん」


 美香が少し考えてから言う。



「今度、わたくしのお友達をここに呼んでもいいかしら?」


「うん、いいよ!」


 妹達は皆笑顔でそれに頷いて応えた。






(あー、くそっ。絶対今日、結に謝らなきゃ……)


 学校に向かう登校中、真央が心に誓う。昨晩は結に対して謝罪のメッセージを送れなかった。結局一晩悩んだ末、やはり直接会って謝罪する方が良いと判断した。きちんと会える放課後の図書室。そこで話すことに決めた。




「美香様。美香様は何かをお探しでしょうか?」


 同じく登校中の美香。取り巻きが歩きながら周りをきょろきょろ見る美香を見て尋ねる。美香が口に手を当てて笑いながら答える。


「おーほほほほっ!! 何でもございませんわ。皆さん、お元気そうで何よりですの」


「はい……」


 取り巻き達は最近の美香の変化に戸惑っていた。以前のような完璧なお嬢様スタイルではなくなってしまった美香。何かが彼女を変えた。その何かはもう皆分かっている。



「あら……」


 美香がその()()を見つけ取り巻き達に言う。


「わたくし、少し用事がございましてここで失礼致しますわ。ではごきげんよう」


「は、はい……」


 そう言い残すと美香は美しい赤髪を靡かせ、皆の注目を浴びる中その男子生徒に駆け寄る。



「おはようございます、真央さん」


「ん? ああ、美香。おはよ」


 取り巻き達が思う。


(美香様は変わられた。あの男と出会ってから変わられた)


 お嬢様キャラは影を薄め、代わりに恋する上品な乙女へと変わりつつあった。




(真央君……)


 同じタイミング。同じ場所。偶然少し離れた所に真央を見つけ駆け寄ろうとした結。だが同じく彼に気付き声を掛けた美香を見て言葉を飲み込む。


(美香さん……)


 結は嬉しそうに真央と話す美香を見て、先の図書室での会話を思い出す。



 ――わたくし、ふたりがお話しするのを見ると胸が苦しくなるんです。


 それは恋。美香自身、気付いていないが彼女は真央のことを想っている。

 思わず後退し、結が他の生徒の影に隠れる。どうして隠れるのか。なぜ声を掛けないのか。母親との関係を直してくれた真央。真っ先にお礼が言いたかったはずなのに、ふたりが並んで歩く姿を見るとそれが憚られる。



「結ー、おはよー!!」


 そんな彼女に友達が声を掛ける。サッカー部の見学にいつも結を連れて行く友人。他の生徒に隠れるようにしていた結を見て尋ねる。


「何してたの?」


「ううん、別に。おはよ」


「そう?」


 友人が結と一緒に歩き出す。ちょうどいい機会。真央に頼まれていた花火大会のことを聞こうと考えた彼女に友達が言う。



「あのさ、花火大会のことだけど」


「あっ、うん」


 偶然にも同じ話題。結が友達の言葉を待つ。


「びっくりしないでね。花火大会、なんとあの西野君が一緒に行くことになりました~!!」


(えっ?)


 真央の表情が固まる。友人が言う。


「西野君にお願いされちゃってね。結も行くって知ったらぜひ一緒に行きたいって。まあ、羨ましいねえ~、あんたは!」


 そう言って結の背中をドンと叩く友人。対照的に結は青い顔をして尋ねる。


「何で? どうして西野君が……」


「そりゃ決まってるじゃん。彼に頼まれたら断れないし、それにやっぱ女だけより男子もいた方が楽しいでしょ」


「じゃ、じゃあ……」


 結の頭に真央の顔が浮かぶ。それなら一緒に誘えばいい。だがそれより先に友人が言う。


「でも西野君からのお願いでこれ以上人は増やさないで欲しいって」


「え? なんで!?」


「うん。花火大会ってすごい人来るでしょ? だから大人数にしたくないんだって。私もそれに賛成~。結は一歩リードしているけど、これ以上ライバル増やされたくないからね!」


 夏休み最初の土曜に行われる花火大会。結の知らないところで外堀が少しずつ埋められつつあった。





「今日も暑いですわね。真央さん」


「ああ、そうだな……」


 真央と並んで歩く美香。『学校一の美女』として有名な美香に、男子生徒達が横目でちらちらと見て行く。だが真央の頭には結への謝罪のことで一杯であった。美香が言う。


「先日はお食事をご馳走頂きありがとうございました。とても美味しかったですわ」


「うん、ああ……」


 謝罪について考える真央。美香の言葉に適当に相槌を打つ。美香が頬をその赤髪と同じぐらい赤く染めて言う。



「それで、そのお礼ではございませんが、今夜うちに来て一緒にお食事を召し上がって行っては頂けませんか?」


「うん……」


 承諾の返事を貰った美香がパッと顔を明るくして言う。


「う、嬉しいですわ!! では図書委員が終わったら一緒にご帰宅致しましょう。で、ではごきげんよう……」


 美香は恥ずかしさと嬉しさでそこに居られなくなり、小さく胸の前で手を振って先に校舎へと駆け出す。ひとり残された真央が、今言われた言葉を頭で繰り返し思う。



(え? 一緒に食事??)


 結のことで頭が一杯で、あまり真剣に聞いていなかった真央。ようやく美香の家で夕食を食べると言うことを理解し、立ち止まってその校舎に消えゆくその赤髪を見つめた。

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