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42.私の魔王様

(何をやっているんだ、俺は……)


 駅前のショッピングセンターからひとり自宅へ帰る真央。ラノベの話になり、ついカッとして結の母親に暴言を吐いてしまった。


(絶対ヤバい奴だと思われたよな。結、怒っているよな……)


 考えれば考えるほど落ち込む真央。謝罪のメッセージを送りたかったが、自分の犯した過ちの深さを思うと、スマホを握る手が固まる。



「あー!! 俺のバカ!!!」


 ひとりで乗った電車。車内の壁に何度も頭を叩きつけた。






 結の母親は友人とランチにショッピングセンターに来ていた。食事を終え、ひとり買い物をして帰ろうとしていた。


(え? あれって結!?)


 驚いた。本屋の、ラノベのコーナーに娘の結が楽しそうに誰かと居る。しかもその手にはラノベ。あれ程読むなと言っていた有害図書。思わず感情的になり、大きな声を上げることになってしまった。



「うっ、ううっ……」


 自宅へ帰り道。母親の運転する車の助手席。結は乗車してから一言も話さず啜り泣いている。まっすぐ前を向いたまま母親が尋ねる。



「彼はお友達なの?」


「……うん」


 小さな声。車の音にかき消されてしまうような掠れた声。母親が言う。


「お母さんもね、実は結ぐらいの頃に、ええっとあの頃は少女小説とか言ってたかな、とにかくそう言う本を読んでいたの」


「……」


 結が顔を上げ母親の横顔を見つめる。



「お婆ちゃんがね、とっても厳しい人で本が好きだった私に難しい本ばかり読ませたの。当時は嫌だった。でも藤原家の立派な女性になる為に必要だって言われたわ」


「お母さん……?」


 結が頬に流れた涙を拭う。日も落ち、真っ暗になった車道。時々母親の顔に車のヘッドライトが当たる。


「実際に役に立ったわ。入試とか試験で。でも楽しくなかった。好きな本を読みたかった。だけどね、当時許嫁(いいなずけ)として付き合っていたパパは、そんな私を見ても何も言ってくれなかった」


 結の父親は婿養子。もうこの頃から藤原家に対して強い態度を示すことはできなかった。母親が苦笑いしながら言う。


「私も味方が欲しかったんだと思うの。好きなことをしてもいい、大好きな本を読んでもいいって言ってくれる味方が」


 母親が結を見て言う。



「あんな風に後先考えずに大声で、絶対的な味方になってくれる人が」


「それって……」


 結は自分の声が震えていることに気付いた。母親が言う。


「もしあの時パパが、結のお友達みたいに私の為に大声上げてくれたら……、ふふっ、今更そんなこと言っても仕方ないわね」


「お母さん……」


 結衣が母親の顔を見つめるが、暗くて表情が読み取れない。母親が尋ねる。



「ラノベ、好きなんでしょ?」


「うん……」


「いいわ、読んでも」


「本当に?」


「ええ。でも私の本もちゃんと読んでね」


 結が何度も頷いて答える。


「読んでるよ、ちゃんと!」


「そう? でもラノベの方がたくさん読んでいるんでしょ?」


「う、うん……」


 母親はやはりお見通しであったかと結が思う。母親が言う。


「だからね、結。勘違いしないで。私はあなたを否定なんてしていないから」


「……うん。分かってる」


 結が笑顔でそれに答える。母親が尋ねる。



「ねえ。彼、名前はなんて言うの?」


「真央、君……」


 母親がやや驚いた顔で尋ねる。



「え? 魔王、君??」


「ぷっ、違うよ! ま・お・くん」


「なに? 魔王君?」


「だから違うって!! まーお君!!」


 自動車の騒音でかき消される結の声。母親がようやく理解して言う。



「真央君ね? 分かったわ。でも本当に魔王みたいなんだね」


「そうだね。そう、真央君は魔王……」



(私の、魔王様なんだよ)


 結の頬に流れる涙。それは先ほど悲しみの涙から、いつしか嬉しさの涙に変わっていた。

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