4.下部Aの告白
「真央様、乙で~す!!」
「うむ、ご苦労。藤原」
放課後の図書室。カウンターで本の管理をする真央に後からやって来た結が挨拶する。今日は非番の日。それでも結は真央がいる図書室へやって来る。
「ねえ、結。あんまり西京と絡まない方がいいよ」
一緒に来た結の友人が心配して言う。不思議そうな顔で結が答える。
「え? なんで??」
「なんでって、ほら。あいつ、ちょっと変じゃん」
この頃になると真央の厨二病は一部の間で有名になっていた。ほとんどの生徒が無視する彼の設定。それに一番応えているのは結であった。
「えー、変じゃないよ。楽しいじゃん、そう言うの」
「そうなのかな……」
友人もやや呆れた顔で結に答える。真央が言う。
「おお、そこにいるのは藤原ではないか。非番の日まで仕事に来るとは殊勝なこと。褒めてつかわすぞ」
「はい。結は魔王様の下部ですから!!」
「下部? ほお、なるほど。ではお前を下部Aにしてやろう。この最強で最高の唯一無二の魔王の下部。有難く拝命せよ」
もはや何の劇を見せつけられているか分からない結の友人。だが当人は真面目に、そして嬉しそうにそれに答える。
「ははー、魔王様。有難く拝命致します!!」
「何やってんだか……」
真央と結の魔王ごっこ。いつしかそれは図書室のある意味名物にもなりつつあった。
ピンポーン
GWに入った暑い日。新緑だった木々はすっかりいつもの緑色に変わり、長袖では汗ばむぐらいの暑い日が続いている。約束していた結が真央の家にやって来たのはそんなGWの二日目であった。
「あ、藤原。よく来たな。どうぞ……」
すっかり設定が消えてしまっている真央。女の子が部屋にやって来るのは初めて。幸い両親は仕事で居ないがそれが更に真央を緊張させる。
「お邪魔しまーす」
そう言いながら玄関にやって来た結がサンダルに手をやり脱ぐ。薄いブラウスに透ける下着。綺麗な足が露出した短パン。心臓の鼓動と手に噴き出す汗を感じながら、真央は平静を装い結を部屋へと案内する。
「へえ~、真央様の部屋ってこんななんだ~」
結が亜麻色のボブカットを耳にかけながら部屋に入りきょろきょろ部屋を見ながら言う。本棚に並べられたラノベを中心とした書籍。結はそれをまるで宝物のような眼差しで見ながら手に取って眺める。
「ら、楽にするが良い。下部Aよ……」
辛うじて設定が現れ始めた真央。それでも結から漂う女の子独特の甘い香りにくらつきながらベッドに腰掛ける。結が本を手にしながら真央に言う。
「うわー、これ気になっていたんだ!! どう、面白いです? 真央様」
ラノベを持ってそう微笑む彼女を素直に可愛いと思ってしまう真央。目を逸らせながら答える。
「あ、ああ。面白いよ」
「ねえ、真央様。おすすめはどれ?」
「そうだな……、これなんかいいかも」
本の話になり少し落ち着いて来た真央。手にしたラノベを結に手渡し言う。
「タイムリープもの。なかなか上手くいかないふたりの関係がめっちゃ面白いよ」
「へえ~、名前は聞いたことがあるけど、そうなんだ。ねえ、借りてもいいかな?」
そう笑みを浮かべる結を思わず見惚れてしまった真央が照れを隠すように言う。
「む、無論だ。下部Aの教育にもなるだろうし……」
もう良く考えずに言葉を発する真央。それほど自分の部屋に女の子がいると言う非日常的事態に焦っていた。
(あ、鈴夏……)
そう思った真央の脳裏に鈴夏の顔が浮かぶ。
(これは浮気じゃない。そう、浮気じゃない。図書委員の仕事の一環。そうこれは仕事)
真央自身、結を部屋に招いたのはラノベの話をするため。言ってみれば図書委員の仕事の延長。そう自分に言い聞かせた。
「ねえ、真央様」
そう口にしたこの時の結の顔は一生忘れない。
「な、なに?」
「私、真央様のことが好きなんですよ」
唐突な告白。どんな表情で何を言えばいいのか。真央にはそれを考える余裕は寸分たりとも持ち合わせていなかった。