35.コスプレ作戦は大苦戦!?
(どうしてわたくしはこんなに緊張しているのかしら……)
放課後、愛用の中古自転車で真央の家まで走ってきた美香。額に流れる汗を拭いながら、門の前のインターフォンを見つめる。
(何も深く考える必要はございませんわ。本を借りに来ただけ。図書祭りの為でございますわ)
深い理由はない。ただただ本の為。美香はふうと息を吐いてからインターフォンのボタンを押す。
「はい。あ、美香? ちょっと待って」
カメラで美香を確認した真央が玄関のドアを開け、汗だくの少女を招き入れる。真央が言う。
「本当に自転車で来たんだ。この暑い中」
「そ、そうですわ。健康の為、毎日鍛えているんですの」
美香が顔を引きつらせながら答える。
「あら〜、また女の子のお友達? 今日は亜麻色の髪の子じゃないのね。まあ、でも綺麗な子だこと!」
真央の母親が興味津々で奥から出て来て言う。真央が手を振って追い払う。
「いいから! もう構わないでよ! さ、上がって」
「あ、はい。お邪魔致しますわ」
美香は丁寧に、上品に母親へ挨拶をし真央の部屋へと上がる。
(すごい本の量。それよりも先程の『亜麻色の髪の女』ってもしかして……)
初めてやって来た男子の部屋。それに興奮しつつも真央の母親の言った言葉が頭から離れない。
「ええっと、『魔王様の憂鬱』だったよな」
本棚からお目当てのラノベを探す真央。美香が尋ねる。
「藤原結もここにいらしたのですか?」
「え?」
ラノベを手にした真央が固まる。
「亜麻色の髪と言えば藤原さん。わたくしの前にこの部屋にやって来たのですね」
「あ、ああ、そうだよ。美香と同じでラノベを借りに来た」
別に悪いことではない。ただそう答える真央自身、なぜか胸の鼓動が速くなる。美香が赤い髪をかき上げながら言う。
「そうですか。わたくしより先にあの女をですか。ふーん……」
何故だが気まずい雰囲気。真央が本を差し出して言う。
「それよりもほら、これ。ちゃんと読めよ」
「あ、これはありがとうございます」
そう言って手にした『魔王様の憂鬱』をパラパラとめくる。そしてある挿絵のページで手を止め真央に尋ねる。
「そう言えばわたくしがコスをする『小悪魔ちゃん』ですが、この彼女でよろしいのですわね?」
その挿し絵は魔王様に使えるエロ担当の悪魔である『小悪魔ちゃん』の絵。黒のビンテージ風のビキニに背中の小さな羽。真央がやや困った顔で答える。
「そうだよ。でもこの衣装そのままやったらNGがで出るんで、もうちょっと露出を抑えた方がいいな」
実際、先の世界では結の衣装に教諭からの指導が入った。美香がやや顔を赤らめて答える。
「そ、そうですわよね。いくら何でもこれはちょっと破廉恥すぎますわ」
「だよなー。でも結は多分これを着たがるんだよ。困ったな……」
「藤原さんがこれを? 何故です?」
このような恥ずかしい衣装。同じ女としてその気持ちが理解できない。真央が答える。
「それがコスプレなんだろ? いかに原作に忠実になるか。恥ずかしさは多分二の次じゃないのかな」
(恥ずかしさは二の次……)
そう言うものなのかと美香が納得する。そして思っても見ない言葉が自然と出た。
「真央さんもそのような衣装にご興味があるのでしょうか?」
「え? 俺??」
(あっ)
口にしてから美香は気付いた。なんてはしたない質問をしているのだと。真央が答える。
「ええっと、確かに色っぽいから嫌いじゃないけど、やっぱ学校のイベントだし。ここまで露出をしちゃったらまずいかな……」
美香のコスプレ姿を想像しやや口籠る真央。美香が真央に言う。
「真央さん。お願いがございます」
「な、なに?」
ふたりだけの部屋。相手は学校一の美少女。改めてその状況に気付いた真央がやや緊張した面持ちで答える。美香が言う。
「実はわたくし、あまりコスプレというものを存じ上げておりませんの。衣装作りと聞いても一体何をすれば良いのか。もしよろしければわたくしにご指導頂けませんでしょうか」
実に自然だった。美香はどうしてこう自分の素直に思ったことを口にできるのか不思議でならなかった。真央が答える。
「俺もあまり詳しくないんだ。そうだな、じゃあこうしよう。同じ『小悪魔ちゃん』のコスをする結と一緒に作るってのはどうだ?」
「藤原さんとですか……」
それは正直迷った。あまりあの女に関わりたくない。だが彼女が詳しいというならばその知識を借りるのも悪くはない。美香が言う。
「分かりましたわ。それがいいでしょう。ただお願いがあります」
「なに?」
「真央さんも一緒にご同席願えませんか?」
「俺も?」
そう言いながら真央が思った。確かにふたりはあまり仲が良くない。と言うか美香が一方的に嫌っている感もあるが。
「分かった。じゃあ今度結に話しておくよ」
「感謝致しますわ」
「あ、うん……」
そう笑顔で答える美香を見て、思わず可愛いと思ってしまったことは結には内緒にしておこうと真央は思った。
「結っ!! ちょっといらっしゃい!!」
同じ日の夕刻。家に帰った結の前に母親が仁王立ちになって大声を上げた。手には真央から借りたラノベ。そして作りかけの『小悪魔ちゃん』衣装。母親が言う。
「またこんな本を読んで!! いけませんと言ったでしょ!!」
「……はい」
教育熱心な母親。ラノベのような有害図書を娘が読むことを許さない。
「どこで手に入れたの? まさか買ったの?」
「ううん。友達に借りた」
「この衣装は?」
「それは今度の図書祭りで着るから作ってるの……」
母親の顔の眉間に皺が寄る。
「嘘おっしゃい!! どこの学校でこんないかがわしい服を着る祭りがあるの? こんなもの許しませんから!!」
「だって……」
図書祭り成功のためには絶対必須のコスプレ。
「いけません!!」
結は無言で頷き、もう作らないと約束させられてから衣装を返して貰った。
(はあ、どうしよう……)
このままでは祭りの成果に関わる。部屋に戻った結は迷うことなく真央に電話した。
「もしもし、あっ、真央君? ごめんね、実はちょっと相談があって……」
『真央さん? どなたからお電話ですの?』
『う、うるさい! ちょっと静かにしてろ!!』
(え? この声って西園寺さん……?)
電話の向こうで聞こえる西園寺美香の声。結はなぜだが強い不安に襲われた。




