33.勇者の怒り
ティロリン……
土曜日のお昼前、部屋でラノベを読んでいた真央のスマホにメッセージの着信音が響いた。
「結? ああ……」
真央は思い出した。今日がサッカー部のインターハイ予選だと言うことを。
『凄いよ凄いよ! 本当に負けちゃったよ!! あ、賭けには勝ったんだけどね!!』
自校の敗北を悔しむ一方、賭けには勝てたことに喜ぶ結の顔が浮かぶ。真央が思う。
(当然だ。この俺の前に立ちふさがる壁は、全力で叩き潰す。結を奪わせはしない!!)
とは言え一抹の不安はあった。
実はこれは前の世界で経験したことであり、インターハイ予選で敗北する結果は知っていた。真央達の学校は普通高校でありながらサッカー強豪校。だから当時格下の相手に敗れると言う波乱が起き学校中で大騒ぎになった。図書祭りの準備で忙しかった真央ですらそのニュースを覚えている。
(変わってなくて良かった……)
全く同じではないこの世界。もしかしたら試合結果にも変化があると心配していたのだが杞憂のようであった。真央が返事を打ち返す。
『あーはははっ!! 当然である。我こそは最強にて最高の唯一無二の存在、煉獄の大魔王「西京真央」。あの程度のザコ勇者に敗北など微塵たりともあり得ぬこと!! 汝、安心して図書委員の仕事に励むが良い』
「ぷっ、何これ~」
メッセージを受け取った結がそれを読んで苦笑する。どんな魔法を使ったのか知らないが、勝敗のみならず点数まで言い当てた真央。
(本当に神がかっているわ、魔王だけど!)
ひとり想像して微笑む結の隣で、友人らサッカー部の応援に来た女子生徒達は涙を流して悔しがる。
そしてもうひとり、グラウンドで四つん這いになって悔しがるその金髪のイケメンの姿があった。
「……俺が、負けた」
賭けに負けて結を失っただけでなく、インターハイ出場もこれで消えた。格下の相手。金星に喜ぶ相手選手を見ながら西野が思う。
(何もできなかった。この天才の俺が、何もできなかっただと……)
油断か、慢心か。今日の西野にいつものキレはなく無念のノーゴール。それどころか守備の足を引っ張り相手に得点の機会を与えてしまった。
「西野、立てよ」
そこへ先輩が手を差し伸べる。
「俺達の目標は冬の選手権。また頑張ろうぜ」
「……はい」
全国高校サッカー選手権。夏の終わりから予選が始まる大切な大会。西野は先輩の手を取り立ち上がりグランドの応援席に頭を下げる。湧き上がるまばらな拍手。そのすべてが苦痛だった。敗北。結の喪失。屈辱だった。観客席にいる彼女の顔が見られなかった。
「なあ、西野」
帰宅準備をする西野に先輩が声を掛ける。
「何すか?」
「最近、美香ちゃんが来ていないけどどうしたん?」
西園寺美香。彼女もこの『上級職』であるサッカー部のマネージャー。だが最近姿を現していない。理由を知らない西野が首を傾げていると、別のマネージャーが申し訳なさそうな顔で言った。
「あの、実は西園寺さん、マネージャー辞めるって仰ってまして……」
「え?」
それを聞いた西野の顔が青ざめる。マネージャーが言う。
「何でも図書委員になったからもう行けないそうです。ごめんなさい、伝えるのが遅れて」
平謝りするマネージャーに西野が笑顔で答える。
「気にしなくていいよ。西園寺さんも忙しいと思うし!」
「ごめんなさい……」
西野はそれに再び笑顔で応え、すぐにトイレに向かった。
ドン!!!
誰もいない男子トイレ。西野が強く壁を殴る。
「許さねえ。あのクソ厨二病野郎……」
彼の怒りは自分の邪魔ばかりする西京真央に向けられた。結のみならず、正式なマネージャーだった美香の強奪。インターハイの敗北。そのすべての原因を真央に擦り付けた。
週が明けた月曜日。欠伸をしながら登校してきた真央。エントランスに入り靴を替えようとしていた時、その赤髪の女生徒が声を掛けた。
「真央さん、おはようございます」
「ん? ああ、美香か。おはよ」
西園寺美香。取り巻きの女子と共に真央の前に現れる。一瞬嫌な予感がした真央だが美香の意外な言葉にやや驚いた。
「少しご相談がございまして。お時間、ございますでしょうか?」
思考の読めない笑み。丁寧な言葉遣い。真央は身構えながらも小さく頷いた。




