32.インターハイ予選
サッカー部のインターハイ予選会場のスタジアム。
五月晴れの空の下、強豪校の登場に会場に集まった観客から歓声が沸く。サッカー部の一年エース西野ユーシアを応援に来た結の友達も、立ち上がって大きく手を振り声を上げる。
「西野くーん!! 頑張って!!!」
モテ男の西野。結の友達以外にも大勢の応援女子が集まって来ている。ほぼ無理やり連れて来られた結が、座りながらじっとグランド上の選手を見つめる。友達が言う。
「でもほんと勿体無いよね」
「何が?」
「何がって、マネージャーやっていれば結もあそこにいたんだよ」
あそことは西野達と同じ場所。黄色い声援を受けるあの場所。友人にはマネージャーの件は保留にしていると説明した。まさかそれが賭けの対象になっているとは言えない。結が思う。
(それにしても本当に大丈夫なのかな。うちが勝っちゃったら私……)
自校の勝利でサッカー部のマネージャー就任が決まる。本人の意思はどうなるの、と思いつつも真央の根拠なき自信の前に声を上げぬままこの日を迎えた。興奮した友人が言う。
「ねえねえ、西野君。カッコいいね!!!」
「あ、うん……」
確かにカッコイイ。太陽の日差しを浴びて金色に輝く髪。引き締まった体。端正でありながら可愛らしい顔立ち。誰よりもグラウンドで目立っている。彼の一挙手一投足に黄色い悲鳴が上がる。
(結ちゃん来てるね。これはマジ、頑張らなきゃな!!)
西野は観客席にいる結を確認。軽く手を振り、ウィンクする。盛り上がる声援。無論結はそれが自分に送られたものだと気付かない。
(ふっ、相手は格下。僕が全力を出せば負けることはない!!)
予選二回戦。南山高と言う格下の相手。普通に戦えば負けることはない。先輩が言う。
「気を抜くなよ、西野!!」
「了っす!!」
負けるはずがない。西野は試合開始のホイッスルを耳にして気合を入れた。
ギギッ……
その頃西園寺美香は、愛用の古い自転車に乗り公立図書館へ向かっていた。
(『魔王様の憂鬱』、あのふたりがよく話していらっしゃるけど、わたくしも一度は読んだ方がいいですわね)
今度真央に貸してもらおう。そう思いながら到着した図書館。自転車を止めひんやりと冷房の効いた館内へと入る。職員が言う。
「こんにちは〜」
「あら、ご機嫌よう」
図書館では常連の美香。休みの日などは無料で勉強ができ、涼しいこの場所は彼女にとって第二の家のようなものである。職員が尋ねる。
「今日もお勉強?」
「いえ、今日はちょっと調べたいものがございまして」
美香がそれに笑顔で答える。そして入り口付近に置かれたパソコンの前に座り、図書カードをスキャンする。
ピッ……
図書館の無料インターネットサービス。市民なら誰でも20分無料で使える。美香がパソコンを起動させ検索サイトを開く。
(魔王様の、憂鬱っと……)
調べる言葉は『図書祭り』で行うメイン題材の『魔王様の憂鬱』。そしてそれに続き最も調べたい言葉を打ち込む。
(それから、小悪魔ちゃんと……)
美香の一番の目的。それは図書祭りでコスプレをすることになった『小悪魔ちゃん』なるキャラクターの調査であった。
(藤原結には負けたくありませんわ。わたくしの方がきっと魅力的な小悪魔ちゃんを……)
「ぶっ!!」
そこまで考えた美香が驚きのあまり思わず吹き出した。
(な、何ですの!? これは……)
画面に映し出されたのはビンテージ調のビキニらしき衣装を着た小悪魔。色香を強調した胸元に、背中にはトレードマークの小さな羽が生えている。
「こ、これを着ろとおっしゃるの……」
さすがに戸惑った。お嬢様キャラを確立している美香にとって、このような破廉恥な衣装を着て皆の面前に出る訳にはいかない。
(だけど、藤原結はこれを着るのですわよね……)
負けたくない。なぜだか知らないが、あの女だけには負けたくない。
「とりあえず頂いたお金で衣装作りだけでも致しましょうか……」
祭りには学校から予算が出る。美香も真央からコスプレ制作用に少しお金をもらっている。露出を減らせば何とかなるかもしれない。
美香は『小悪魔ちゃん』のイラストを参考の為にプリントし、家へと戻った。
ピーーーーーーーーッ!!!
その少し後、インターハイ予選が行われているグランドに、試合が終わる笛の音が響いた。主審が汗だくでグラウンドに倒れる選手達を見ながら、腕を空に伸ばし声を上げる。
「2−1で南山高の勝利っ!!!!」
四つん這いになり震える西野。結はその光景を観客席から信じられない表情で見つめた。




