30.誰が為に我は立つ。
「はい、本の貸し出しですね! こちらに名前を書いてください」
結が笑顔で図書室のカウンターで本を借りに来た生徒の相手をする。図書委員になって数日。頭の良い彼女はカウンター業務のそのほとんどを覚えていた。
(何だろう、この心休まる感じ……)
そんな結の心に現れた変化。ここに居るだけで不思議と落ち着く。本好きであることを抜きにしても、この安らぎに幸せすら感じる。そう、まるでずっと前からここに座っていたかのように。
「大分慣れて来たね、仕事」
「うん、真央君のお陰だよ」
そしてこの西京真央という男子生徒。厨二病で、いきなり告白してくる理解不能な相手だけど、不思議と彼と一緒に居ることが自然体になっている。
「ねえ、真央君。今日のお勧めは?」
結の楽しみ。新しいラノベを真央に紹介してもらうこと。真央がカウンターに置かれたバイブルを手に言う。
「無論これだ。我らが聖なるヴァイヴル『魔王様の憂鬱』であり、これこそ……」
「もうその本は何度も読んだよ。他のは?」
思わぬ結のカウンターを受け真央が本棚から別の本を手にして言う。
「うーん、あまりここは数がないけど、これなんかお勧めだな」
「うん、じゃあ読んでみるね!」
結がラノベを手にし、嬉しそうにそれを見つめる。真央がやや躊躇うような声で尋ねる。
「あ、あのさ……」
「なに?」
顔を上げた結。可愛い。
「もしもっと読みたいならさ、うちに来ない? たくさんラノベあるんだけど……」
少しの沈黙。間。目を二三度パチパチさせた結が答える。
「いいよ! 楽しそう!!」
「う、うむ。では今度……」
そこへ先輩の図書委員が皆に声を掛ける。
「おーい、みんな集まって」
見つめ合う真央と結。その言葉を聞き、皆と一緒に先輩の元へ集まる。
「えーっと、来月の『図書祭り』のことだけど……」
真央が大きく頷き、大きく手を挙げる。
「はいっ!!」
「西京? どうした??」
驚く先輩達に真央が言う。
「俺に、祭りを任せて貰えませんか!!」
皆の驚きの視線が真央に集まる。地味な校内イベント。予算も出て毎年恒例と言うだけで続けられて来た言わば『消化行事』。準備など面倒だと思っていた先輩達にとって真央の挙手は渡りに船だ。先輩が尋ねる。
「何やるの?」
「はい! やはりラノベを、『魔王様の憂鬱』を中心に啓発したいと思います!!」
「ラノベか……」
「読書をする人が減っている中、ラノベは中高生にも人気で読みやすい本だと思います。今年は趣向を変えて新たな本の楽しみ方を提案するってのはどうでしょう??」
たかが消化イベント。それにこれだけの熱意を持って語られれば断る理由はない。先輩が言う。
「じゃあ西京。お前ら一年に任せるよ」
「ありがとうございます!!」
真央はそれを満面の笑みで受ける。
(結と一緒に頑張った図書祭り。今回も絶対成功させてやる!!)
真央の頭には楽しかった先の図書祭りの記憶が鮮明に残っている。もう一度祭りを楽しみたい。結と一緒に頑張りたい。真央に迷いはなかった。
「みんな集まって!」
すぐに真央が一年の図書委員に集合を掛ける。そして皆に説明を始める。
「ラノベを中心に紹介しようと思うけど、メインはやっぱこれ」
そう言って彼のバイブルである『魔王様の憂鬱』を皆に見せる。
「これを中心に、本の素晴らしさを皆に知って貰えるよう、楽しさのポイントまとめたボードを作成する。それを担当がきちんと言葉で説明する」
頷きながら真央の説明を皆が聞く。
「そして登場人物の等身大のパネルも用意しよう。ネットで探せば割安で描いてくれるイラストレーターもいる。それを祭り会場の前にドーンと置いて目を引く」
「いいですね!!」
結が嬉しそうに言う。
「そしてメインは、コスプレ!!」
「コスプレ……?」
驚く皆を前に真央が言う。
「そうだ、コスプレ! 俺が魔王様、そして結。お前が小悪魔ちゃんのコスをする!!」
結が口に手を当てて驚いて言う。
「わ、私っ!?」
「そうだ、お前だ」
小悪魔ちゃんは知っている。魔王に仕える下部でえっちな衣装を着て登場するキャラ。想像し、真っ赤になる結の隣にいた赤髪の女も手を上げて言う。
「わたくしもその『小悪魔ちゃん』とやらのコスプレを致しますわ」
「え?」
皆がその声の主、西園寺美香を見て驚く。あの西園寺がコスプレ? 静まり返った場に真央の声が響く。
「小悪魔ちゃんはひとりでいいよ」
「嫌ですわ!! わたくしもやります!!」
引かない美香。結が真央に言う。
「真央君、いいじゃない? みんなでやった方が楽しいと思うよ」
「……」
少し考えた真央が頷いて答える。
「分かった。じゃあ、美香。お前もやれ」
「分かりましたわ」
満足そうな美香。それはただただ結に負けたくないと言う思いだけ。だが彼女は知らない。『小悪魔ちゃん』なるキャラがどんな衣装を着ているのかを。真央が言う。
「『魔王様の憂鬱』も少し買い足しておきたいな」
「そうですね!」
結が嬉しそうに答える。そして言う。
「真央君、すごーい!! 祭りの計画、ほぼ完璧だよ!!」
結は驚いていた。ただの厨二病オタクではない。自分の隠れ趣味であるコスプレ魂にまで火をつけてくれるような見事な按排。真央が首を振って答える。
「俺じゃないよ。ただこれを心から楽しんでくれる人がいる。その為に全力を出す!!」
結が目を輝かせ頷く。真央が右手を前に突き出し皆に言う。
「ではこれより我が使命『図書祭り開催』を発動する!! 皆の者、しかと準備に勤しむが良い!!!」
「おおーっ!!」
結が片手を突き上げて賛同する。他の図書委員達も苦笑いしてそれに付き合う。結との大切な思い出である『図書祭り』。真央は必ず成功させると胸に誓った。




