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28.初めての焦燥感

「あ、あのさ……」


 体育館裏からの帰り道、教室へ向かう真央と結。結がやや困惑した顔で真央に言う。


「ちょっと困っちゃうと言うか。さっきの……」


「何が?」


 結が前を向いたまま小声で言う。



「告白だよ! 突然でさ、びっくりしちゃって」


 真央が笑顔で答える。


「『何かをしなきゃ何も変わらない。だから一歩を踏み出しただけ』って、俺に教えてくれた人がいるんだ」


「でも、私、西京君のこと全然知らないし……」



(全然知らないか……)


 それでもいい。こうして結と会話できるだけでどれだけ幸運なことなのか。真央が答える。


「深く考えないで。でも俺は結が好き。この想いはずっと変わらないし、変えるつもりもない。結はそのままでいいよ」


「でも……」


「あ、もうすぐ授業始まるよ。じゃあ、放課後!!」


「あっ……」


 真央が片手を上げて去っていく。結はややむっとした表情でその背中を見つめ思う。



(もー、訳分かんない!! 勝手に賭けの()()にされるし、告白してくるし!!)


「あんな奴のこと全然知らないし!!」


 だが歩きながら思う。



(でも、何だろう。どうしても嫌な気持にはなれない)


 結は困惑する頭をコンと叩いてから教室へと入って行った。






(実に信じられないことですわ! このわたくしを知らない男子生徒がいるなんて!!)


 放課後、ひとり図書室へ向かう西園寺美香は、赤い長髪を揺らしながら自分にまったく靡かない真央について考えていた。


(そうですわ! 彼はきっと目が悪いに違いありませんことよ。だからわたくしがはっきり見えないのでしょう)


 真央は視力が悪い。だから自分の魅力に気付かない。そう確信した美香は、いつもの自信一杯の表情で図書室へ向かいドアを開ける。



「わたくしがいらっしゃいましたわ!!」


 図書委員、そして本を借りに来ていた生徒達の視線が美香へと注がれる。ざわつく図書室。小さく驚きの声が上がる。美香はカウンターにいた真央の前にやって来て言う。


「わたくしがやって来て差し上げましたわ! しかとご覧なさい!!」


 本を手にしていた真央が美香を見て答える。



「ああ、()()()か。今日から図書委員だったな」



「さ、西園寺です!! ふざけないで頂けます!?」


 馬鹿にしているのか。本当に名前すら覚えていないのか。真央が答える。


「ああ、悪かったよ。じゃあ、西園寺……」


 美香がぴんと伸ばした指を頬に当て首を振って答える。



「わたくし、その苗字はあまり好きじゃありませんの。でも……」


「じゃあ、下の名は?」


「え? 美香ですけど」


「じゃあ、()()。仕事教えるんでこっち来い」



 美香の顔が髪のように真っ赤になり腕を組んで言う。


「なんて馴れ馴れしい!! あなたごとき男にわたくしを名前呼ばわりするなど言語道断ですわ!! でも、どうしてもと仰るなら……」


「面倒な奴だな。西園寺と美香と、どっちがいいんだよ」


 呆れた顔でそう言う真央に、美香が小さな声で答える。



「み、美香でいいですわ……」


「じゃあ、美香。仕事教えるからこっちに来い」


「わ、わたくしはまだ心からそれを認めた訳じゃ……」


「ほら、ここに座れ」


 そうって真央が隣の椅子をポンと叩く。


「あ、はい。それじゃあ……」


 美香が大人しくそれに従って座る。



(西京、お前すごいな……)


 西園寺美香の図書委員初日。他のメンバーはやや緊張気味で彼女の訪問を待っていたが、真央はまるで飼い犬を扱うがごとく美香に指示を出す。




「あ、あの……」


 しばらく美香へ仕事を教えた真央。そこへ亜麻色のボブカットの少女が姿を現した。それに気付いた真央が立ち上がり嬉しそうに声を掛ける。


「おっ、結!! 来たか、こっちこっち!!」


 そう言って手招きして結を呼び寄せる。


「よ、よろしくお願いします」


 結が他の図書委員に挨拶をしながらカウンターに入り、真央の隣に座る。そして反対側にいる美香に気付いて挨拶する。



「あ、西園寺さん。こんにちは。よろしくね」


「ふん!」


 美香が顔を背けてそれに応える。真央が呆れた顔で言う。



「美香。挨拶ぐらいしろよ」


「ふん! 仕方ありませんわね。わたくし西園寺美香が皆さんのお手伝いをして差し上げていますわ! 光栄に思いなさい」


 真央を始め、他の図書委員達もそれを見て諦めたような苦笑いする。真央が結に向かって念の為尋ねる。



「仕事、分からないよね?」


「あ、うん……」


「じゃあ、これから行こっか」


 以前にも教えた図書委員の仕事。真央が再び結に教え始める。



(な、何ですの!? 一体この苛立ちは……)


 結に指導する真央を横で見ながら美香が感じたことのない不快感を覚える。どうして隣にこのような最高の女がいながらほとんど相手にしない? なぜあのような野暮っぽい女ばかりに話しかける?


(あ、そうでしたわ! この男、目が悪かったんですわよね!!)


 美香が立ち上がり真央に言う。



「ちょっと、あなた! どうしてそんなに目が悪いのに眼鏡をしておられないのでしょうか!?」


「……は?」


 もう何を言っているのかさっぱり分からない。隣にいる結も口を開けてそれを見つめる。美香が結を指さして言う。


「わたくしのような女性が隣に居ながら、どうしてこのような野暮ったい女の相手をするのでしょうか!?」


「おい、美香……」


 一瞬真央の怒りスイッチが起動し始める。美香は時計を見てから髪をかき上げ真央に言う。



「あら。わたくし、用事がございましてよ。これで失礼致しますわ」


「あ、おい! ちょっと!!」


 美香はそう言うと真央の声にも耳を貸さずに図書室を出て行く。



「なんだよ、あれ……」


 呆れる真央。結が心配そうに言う。


「私、何か悪いことでもしたのかな……」


「気にしなくてもいいよ。放っておけ」


「うん……」


 不安そうな結。真央が美香が出て行った図書室のドアを見てため息をついた。





(どうしたと言うのかしら、わたくし。なぜこんなに苛ついているの!?)


 美香は理解できない苛立ちに困惑する。ただ原因は分かっている。あの結と言う女。彼女が来てからこの焦燥感が強くなった。美香が校舎にある時計を見て言う。


「少し早いですけど、行きましょうか……」


 そう言ってから自転車置き場に行き、やや古い自転車に乗り学校を出る。向かうは個人宅。彼女の夕方のアルバイトの場所であった。

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