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23.結争奪戦

『教室の魔王様』


 それが西京真央についたあだ名となった。友人が魔王に言う。


「真央、お前のことすっごい話題になってるぞ」


 真央が真っ黒なマントを羽織って訪れた結衣のクラス。その圧倒的厨二病の世界はある意味皆の度肝を抜いた。それほど鮮烈で、衝撃的な結への復活宣言であった。


「当然だ。我は唯一無二の存在。下々の者共に畏敬される者」


「はあ……」


 深すぎる真央の設定にラノベ友人ですら苦笑する。図書委員の友達が言う。



「それでさマジな話、図書委員どうする?」


 今年は一年の集まりが悪い。辞めて行ったふたりも一年。先輩図書委員からは『一年で責任取れ』と言った無言の圧力がのしかかる。真央が言う。



「藤原結を誘う」


「藤原、さん……?」


 それこそ真央が訳の分からぬ『下部しもべ宣言』した女の子。顔が引きつる友人に真央が言う。


「結は図書委員をやらなきゃいけない存在。そう、何があってもあいつは俺と一緒に図書委員をする運命なのだ!!」


 真央の脳裏に一緒に図書委員として作業していたあの頃が思い出される。先輩図書委員として指導した時間。本が好きでいつも笑っていた日々。その全てが愛おしく貴重だった。友人が言う。


「じゃあ、真央。お前誘ってこいよ」


「無論だ。全てを統べる我に不可能などない!!」


 呆れる友人を横に、真央は魔王らしき不敵な笑みを浮かべた。






 放課後。授業を終えたサッカー部の若きエース西野はジャージに着替え、スパイクの音をカタンカタンと鳴らしながら友人と歩いていた。


「あっ」


 そんな彼の目に亜麻色のボブカットの少女が映る。西野が友人に言う。


「ちょっと先、行ってて」


 そう言うと西野は小走りでその女子の元へと駆け出した。




「ねえ、また見に行くの?」


 結はやや溜息混じりに友人に尋ねた。


「そうだよ! だって西野君人気だから毎日行って顔覚えて貰わなきゃ!!」


 サッカー部の西野。一年でもトップクラスの人気を誇るモテ男。ずば抜けたサッカーセンスと、北欧系の父親と日本人の母親を両親に持つ可愛らしい顔立ち。そのギャップが多くの女子の心をくすぐる。友人が言う。


「だって西野君は……」



「ねえ、ちょっといいかな?」


「え? ええええええ!?」


 友人は腰が抜けるほど驚いた。噂話をしていた西野本人がいきなり話しかけて来たのだ。焦る友人。上擦った声で返事をする。



「た、西野君!? ど、どうして急に……」


 太陽の光に当たると金色にも見えるサラサラの髪。母性本能をくすぐる可愛らしい笑顔。その全てが奇跡のバランスを保って存在している。西野が言う。


「ねえ、藤原さん、だよね?」


 西野の視線は友人ではなく結に向けられている。驚く友人。結と西野をじっと見つめる。


「は、はい……」


 どうして名前を知っているのか。結はやや緊張気味に身構えて答える。西野が言う。


「ごめんね、急に。でも藤原さんって前、俺の練習見に来てくれていたよね。それで気になっちゃって」


 それで後から結と同じクラスの友達に名前を聞いたと言う。西野が笑顔で言う。



「ありがと、すごく嬉しいよ。()()()()


(え?)


 下の名前。しかも『ちゃん』呼ばわり。世界の終焉を迎えたような顔になった友人が、結と西野を交互に見つめる。西野が屈託のない笑みで言う。



「サッカーに興味あるんだ! じゃあさ、お願いがあるんだけど、マネージャーやってくれないかな」


(ぎゃあああああああ!!!!)


 友人が心の中で絶叫の声を上げる。

 サッカー部のマネージャーと言えば、女子の間でも所謂『一軍職』。歴代のマネージャーは校内でも指折りの美人、業務能力にも長けた才色兼備と決まっている。


(そ、そのマネージャーを西野君自ら指名って……)


 普通高校ながら、サッカー強豪校である結の高校。忙しい業務の為、他の部活よりマネージャーの数が多い。一年ながらエースである西野には好きなマネージャーを自由に推薦できる権利を貰っていた。友人が思う。



(西野君が結に興味があるって噂、本当だったんだ……)


 それは噂では聞いていた。だがこうして目の前であの西野が結衣に声をかけスカウトする姿を見て噂ではないと思わなければならない。いきなりの誘いに結が戸惑いながら答える。


「で、でも私、サッカーなんて全然知らないし……」


 西野が結の()を握り優しく言う。


「大丈夫。僕が全部教えてあげるよ。心配しないで」


(うぎゃああああああ!!!!)


 友人は卒倒しそうになるぐらい驚いた。モテ男で女の噂が多い西野。その候補のひとりに結が選ばれた瞬間である。結が手を放し、困った顔で言う。


「でも、私……」



「結、ここにおったか!!」


 そこに響く低く大きな声。振り返った結がそのマント姿の男を見て顔を強張らせる。真央がゆっくり結に近付き言う。



「探していたぞ。汝に頼み、いや、我からの命を下しに来た」


 友人が言う。


「あー、また来た。西京!! あんた一体どれだけしつこいのよ!!」


「黙るが良い、下々の者共よ」


「だ、誰が下々で……」


 眉間に皺を寄せてそれを見ていた西野が真央に言う。



「誰、あんた? ちょっと邪魔しないでくれる?」


 ようやく西野の存在に気付いた真央が左腕を胸に、右指を額に当て答える。


「誰? ふっ、我こそは最強にて最高の唯一無二の存在『西京真央』である!! ひれ伏せよ、愚か者めがっ!!!」


 何かヤバいものでも見るかのような目で見ていた西野が言う。


「お前、頭おかしいんじゃねえの? 邪魔するなら……」


 真央はそんな西野を無視して真央に言う。



「結、頼みがある。図書委員になってくれないか?」


「え?」


 またしても突然の誘い。だがそれを聞いた西野が怒り口調で真央に言う。



「おい、お前ふざけんなよ!! 結ちゃんはサッカー部で俺のマネージャーをすんだよ!! なに()から来て言ってんだよ!!」


 真央が横目で西野を見て言う。


「後? 貴様は何を勘違いしておる。これは必然。常世のことわり。結が図書委員になることは前世から決まっているのだ」


 西野が口を開けたまま唖然とする。狂っている。頭がおかしい。しかもそれは自分が最も忌み嫌う()()。これ以上、厨二病のオタク野郎と話していても埒が明かない。西野が言う。



「ねえ、結ちゃん。結ちゃんはどっちがいいの?」


 決まっている。この俺と一緒に居たいに決まっている。自信気に話す西野。だが真央はすっと懐から一冊の本を取り出し結に見せつけて言う。



「結、見るが良い。これこそ我らがヴァイヴル『魔王様の憂鬱』。我らがアイデンティティ。どうだ、読みたいだろ?」


(あっ)


 結のラノベ心に火が灯る。西野が笑いながら言う。


「何だよ、それ!? オタクの本か? いい加減にしろよ。馬鹿じゃねえのか!! あーははははっ!!!」


 完全に勝ったと思った西野。だが結のその行動を見て、笑いが止まる。



「何これ、面白そう……」


 真央が差し出したラノベを興味津々の目で手に取る。唖然とする西野を横に真央がマントを風に翻しながら言う。



「明日の放課後、図書室で待っている。続きはそこで読むがいい」


 口を開けたまま固まる西野と結の友人。颯爽と去り行く真央を見つめながら、結は大好きなラノベを嬉しそうに胸に抱いた。

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