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22.魔王の誓い

 その日の授業は全く頭に入らなかった。


(結、どうして結の中から俺が消えている……)


 どれだけ考えても分からない。いや、分かろうとしなかった。無意識のうちにそれだけは心の中で否定していたのかもしれない。



(結ってあんなに可愛いかったんだな……)


 放課後、真央がこっそり結のクラスを遠くから見つめる。亜麻色のボブカット。愛嬌のある笑顔。それでいて夏服が苦しそうなえちえちな体つき。あんな子が近くにいてその想いに応えられなかったのが不思議なくらいだ。


「西京、何してんだ? 早く図書室行くぞ」


「あ、ああ……」


 真央は図書委員の友達に言われ一緒に歩き出した。





「いやー、それにしても大変だな」


 静かな図書室。図書委員の友達が本の整理をしながら言う。


「何が?」


 真央も本の手入れをしながらがそれに答える。


「何がって、ほら。図書委員、ふたりも辞めちゃったろ? 今新しい人を募集しているけど、まだ全然なんだって」


「え? ふたり」


 真央の記憶ではGW前に()()()辞めて、その補充として結がやって来た。それが今回はふたり。しかもまだ決まっていない。


「そうだよ、ふたり。まあ、図書委員って地味に色々やることがあって早く誰か来てくれないと大変だよな~」


 そう言いながら本を借りに来た生徒の対応をする友人。



(ふたり、か……)


 真央も作業しながら、図書委員として働いていた亜麻色のボブカットの少女のことを思い出した。





「ねえ、結。西野君ってちょーカッコいいよね!!」


 その頃結は、一年ながらサッカー部で大活躍している西野と言う同級生を見に友人とグランドに来ていた。結自身それほど興味はない。ただ彼の応援に来ている女子生徒は多く、友人もそのひとりだ。


「うわっ!! ねえ、今こっち見て笑ってくれたよ!!」


「そ、そうなの……」


 西野の一挙手一投足に女子生徒から黄色い声が上がる。ひとしきり見学した結。正直飽きて来てしまい友人に言う。


「ねえ、私、もう帰るね」


「え? そ、そうなの!? じゃあ行こっか……」


 やや後ろ髪惹かれる思いの友人。歩き出した結について下校する。




「あっ」


 そんなふたりの目に今朝会った変態厨二病の姿が映る。



(結……)


 偶然。図書委員の仕事を終えた真央は、本当に偶然校舎の前で結とその友人に遭遇した。真央が結に近付き言う。


「藤原さん、あの、俺……」


 友人が結の前にすっと出て来て両手を広げて言う。


「またあなた? いい加減にしてよね!! マジキモい。ストーカーなの!!」


 友人からすればそう思えるに違いない。真央が首を振って否定する。


「ち、違うって!! 俺はただ()に……」


 名前の呼び捨て。見知らぬ人からの馴れ馴れしい態度。悪寒を感じた結が友人の腕を引き歩き出す。


「行こ」


「あ、うん」


 友人もそれに合わせて一緒に歩き出す。



(結……)


 立ち去るふたりの背中を見ながら真央が絶望に包まれる。生きていてくれれば良かったんじゃないのか。例え俺のことなど気にしなくても彼女が元気ならばそれで良かったはずじゃなかったのか。



「結、結……」


 溢れるものを堪えきれなかった。頭で分かっていたとしても、心が、感情がそれを拒否する。

 真央は結達とは逆の方向に向かって走り出す。無我夢中で家へと帰った。



「ううっ、ううっ……」


 ベッドの上で泣いた。声を殺して咽び泣いた。

 大切に思っていた人からの辛い仕打ち。生きていてくれればいいだなんて結局は都合のいい綺麗ごと。結が好き。結と一緒に居たい。



 ――私、絶対に諦めたくなかったんです。


 そんな真央の頭に不意に結の言葉が浮かぶ。



(結……)


 そう、彼女はいつでも、どんな状況でも諦めることはしなかった。



 ――何かをしなきゃ何も変わらない。だから私は一歩を踏み出しただけ。



「何かをしなきゃ、変わらない……」


 俺は何かをしたか。何もしないでただただ自分に都合の良いことだけを望んでいたじゃないのか。



 ――私、真央様のことが好きなんですよ。



「俺も、結のことが……」


 次々と溢れ出す結の言葉。笑顔。優しい心。そしてその言葉が蘇る。



 ――私、真央様の()()が大好きなんですよ。



(魔王、様……)


 真央の体に何か電気のようなものが走る。魔王。そう、それは結が大好きで、ふたりの一番の接点。真央にとっては自分の生けるアイデンティティ。最強で最高の魔王様。真央が目に涙を浮かべて言う。



「俺は、俺は一体何やってたんだよ……、俺は誰だよ、俺は魔王じゃなかったんかよ……」


 真央が涙を拭い顔を上げる。


「そう、俺は魔王。最強にて最高の唯一無二の存在……」


 ぼろぼろと溢れ出る涙。だが心地良い。体が、魂がそれを求めている。真央は握った拳にぎゅっと力を込めた。






 翌日。一限目の授業を終えた真央。鞄から()()を取り出すと、颯爽と背に羽織い廊下を歩き出す。


「え?」

「何あれ!?」


 皆の奇異の視線の中、結のクラスに入り大声で叫ぶ。



「結、藤原結はいるか!!!」


 びっくりする生徒達。友達とお喋りしていた結が名指しされ驚き、振り返る。


(あれって、昨日の……)


 それは違うクラスの厨二病の男子生徒。なぜか背中に真っ黒なマントを羽織って仁王立ちしている。

 唖然とする皆の中、結の顔を見つけた真央が右指を額に当て斜め前かがみになり、左手は天井にピンと伸ばした姿勢で叫ぶ。


「我こそは最強にて最高の唯一無二の存在、すべてを統べる煉獄の魔王『西京真央』……」


 叫びながら真央の頭に結の言葉繰り返される。


 ――何かをしなきゃ何も変わらない。だから私は一歩を踏み出しただけ。



「藤原結、汝、この孤高の存在の我に仕えよ!! 我が下部しもべとなるが良い!!」


 クラス全体が引き始める。唐突の厨二病攻撃。見知らぬ他のクラスの生徒。だが真央は止まらない。体を起こし左手を胸に、そして右指を結に向けながら言う。



「結、汝を奪いに来た。我と共に参れ。この最強の魔王と共に行くぞよ!!!」


 いい加減頭にきた結の友達が真央の前に来て仁王立ちになって言う。



「あなた、西京!! また来たの!? 何訳の分からないこと言っているの!!!」


 真央が両手を胸の前で交差させ、見下すように言う。



「ひれ伏せよ、下賤者っ!! この我を誰だと思っておる!!! 唯一無二にて地獄の覇者『西京真央』であるぞ!!!!」


 大声。女子生徒が怯むような大声。あまりに強い世界観に、さすがの友人も狼狽え後退りする。



(結、俺がお前を掻っ攫う。必ず俺のものにする)


 真央が結に指をさし真剣な表情で言う。



「結、お前の未来を俺が変えてやる!!」


 唖然と、やや戸惑う表情の結を見ながら真央が思う。


(そして、今度は絶対にお前を……)



 ――死なせやしない!!



 タイムリミットは夏休み最初の土曜日。もう二度とあのような間違いはしない。彼女は俺が助ける。

 真央はじっと結を見つめた後、腕を天に上げ、くるりと踵を返し歩き出す。はためく黒きマント。結は驚きながらもその後姿をずっと見つめていた。

これにて前章終了です。

明日より後章開始します!

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