21.俺がいない世界
自宅に戻った真央。学校が始まるまでの数日、冷静に客観的に色々と考えた。
タイムリープ。信じられないのだがそんなラノベみたいなことが実際に起こっている。GW明けから夏休みの最初までの期間がそっくりそのまま消えてしまっている。だが記憶は鮮明だ。
(忘れたくても忘れられない)
それほど強烈だった思い出。いや、逆に忘れてはならない。天が与えてくれたやり直しの機会。
だが全く同じと言う訳ではなかった。現に鈴夏に会いに行った時に高橋という先輩には会わなかった。その後、鈴夏から『私のこと調べていたとか信じられない!!』と言う怒りのメッセージが届いた。
でもそんなことはどうでも良かった。今の思いはただひとつ。
――早く結に会いたい
ようやく気付けた自分の気持ち。いつも傍に居て励ましていたくれた彼女。一日千秋の思いで連休が明けるのを待った。
「行ってきます!!」
まだ朝の空気が冷たい5月。真央はクリーニングの香りがする夏服を着て学校へ向かった。
(会える、結に会える!!)
昨晩はほとんど眠れなかった。不安はある。結の連絡先が消えていた。でも何が起こったとしても驚かない。ただただ彼女が生きていてくれればそれでいい。
(結、結、結、結っ!!!)
始業よりも随分早く学校に到着した真央。結のクラスを見に行ったがまだ登校しておらず、焦る気持ちを抑えながら校舎のエントランスでその姿を探す。
「おはよ、西京」
「西京くん、おはよー、早いね!」
友人やクラスメートが声を掛けていく。真央はそれに手を挙げて答えながらその人を目で探す。そして奇跡は起こった。
「あっ」
思わず声が出た。
亜麻色のボブカット。白い肌。愛嬌のある笑顔。藤原結。会いたくて会いたくて会いたくて、探し求めていた結が友人と一緒に歩いて来た。
「結……」
真央は全身の力が抜け、地面に両膝をつく。
(生きていてくれた。ありがとう、生きていてくれて、ありがとう……)
目頭が熱くなる。自分のせいで死なせてしまった結が目の前を歩いている。
「結っ!!」
大きな声。周りにいた生徒達が驚いて振り返る。真央が結の元へ駆け寄り泣きそうな顔で言う。
「結、会いたかった。本当に会いたかった……」
多分涙が流れていたのだと思う。驚く結の友達。その手を握ろうとして近付いた真央に結が一歩下がって言う。
「あ、あの、どなたですか?」
(え?)
その真面目な目。やや怯えるような目。決して嘘や冗談を言っているようではない。真央が震えた声で言う。
「結、何言ってるんだ。俺だよ、俺。真央、西京真央だよ」
結が首を振って答える。
「ごめんなさい、西京さん。私、あなたのこと知らなくて……」
真央がフラフラと後退する。
(どうなってる!? どうして結が俺のことを知らない? まさか……)
真央が尋ねる。
「あ、あのさ。結、いや、藤原さんって図書委員だよね……?」
違うとは聞いていた。でもそうであって欲しかった。最後の望み。だが現実は無情であった。
「いいえ、違いますけど……」
真央は目の前が真っ暗になった。この世界、やり直しの世界で自分は真央の意識の中に存在していない。どうなっている!? 一体何の設定だよ!!
「あのさー、あなた連休明け早々訳の分からない絡みやめてよね。ナンパ? キモいんだけど!!」
結の友人が彼女を庇うように真央に言う。別の友人が追撃する。
「ねえ、この人って『魔王様』とか言っている厨二病の人じゃない? 頭おかしい人だよ、早く行こ」
そう言うと友人達は結を連れて校舎へと消えていく。ひとり残された真央が小さくつぶやく。
「俺がいない。結の中に、俺がいない……」
想定していなかった現実。あれほど様々なシチュエーションを想定していたのに、まさか自分が彼女の世界から消えてしまっていたとは。
根本を否定された真央。しばらく佇立したまま動くことができなかった。




