20.ありがとう、そしてさようなら。
(一体どうなってるんだ……?)
真央は混乱した。確かに今は夏休みだった。間違いない。最初の土曜日を過ごし、鈴夏の夏祭りに行き、そして結の最期を知った。
「それなのに、そのはずなのに……」
今はGW終盤。時間が戻っている。真央は何度もスマホのカレンダーを確認する。母親にも尋ねた。テレビではGWのUターンラッシュを報じるニュースが流れている。
(信じられないけど、これは事実……)
真央は目の前に起こっている事実を冷静に受け止めた。そして思い出した。
――もし叶うのなら、またやり直したい。
願いが叶ったと言うのか。
だがそんなことは今はいい。真央はすぐにスマホの連絡先を確認した。
「あれ、ない!?」
なかった。一番すぐに話をしたかった藤原結の名前がアドレスから消えている。
(どうして、どうして無いんだよ!!)
時間が戻ったのではないか。どうして結の連絡先が消えている。真央は朝から友人に電話をかけ結について尋ねた。だがその反応は意外なものだった。
『え、藤原結? 誰だよ、それ』
仲の良かった友人、図書委員で一緒だった友人誰一人として結のことを知らなかった。家に行こうと思ったが彼女の家など行ったことがないので知らない。
(どうなってるんだ!? 本当に結がいるなら会いたい!!)
焦る真央。そんな彼のスマホがこの日の大切な用事をアラームで告げる。
(鈴夏……? そうか、今日彼女に会う約束があったんだ)
思い出したGWの約束。結に会えない以上、今これ以上足掻いても仕方がない。真央は家を出てその用事を済ます為、真っ直ぐ駅へと向かった。
(変わらない。あの時と変わらない景色だ……)
初めて会いに行った時に見た電車からの風景。緊張とワクワクを持って乗り込んだこの電車。だが今は違う。真央はコンビニで売られている新聞の日付をチェック。GW中であることを確認してから約束のファミレスへと向かった。
(鈴夏……)
ファミレスにその可憐な彼女はいた。
艶やかな黒髪にクリッとした大きな目。見間違えるはずがない。中3のクリスマスに告白し付き合い始めた大切な彼女。
「真央」
鈴夏が先に声をかけた。数ヶ月ぶりの再会。だが何かが違う。
(高橋って先輩がいない……)
確か前回はファミレスで一緒に勉強していたはず。なぜ今はいない? 黙ったままの真央に鈴夏が不満そうな顔で言う。
「どうしたのよ〜、久しぶりに会えて嬉しくないの??」
少し考えた真央が答える。
「嬉しいよ。久しぶりだね」
感情のない口調。少し驚いた表情を浮かべた鈴夏だが、すぐに笑顔になって言う。
「会いたかったよ、真央。こっちは本当に大変でね……」
鈴夏は堰が切れたように一気に話し出した。慣れない生活。レベルの高い授業。毎日毎日勉強ばかりで気が狂いそうになっていると疲れた表情で話し続けた。
(そう、鈴夏は大変だったんだ。俺はそれに気付いてやれなかったんだ……)
思えば付き合ってすぐの中学3年の冬。あの時全力で『一緒に居たい』と引き止めればきっと違う未来も描けただろう。鈴夏と過ごす未来。きっとそれはそれで幸せだったと思う。
「でさ、本当に毎日大変で全然連絡できなくて真央には悪いと思って……」
「なあ、鈴夏」
話の途中、真央が真剣な顔で鈴夏に尋ねる。
「な、なに?」
その様子がおかしいと気付いた鈴夏がやや緊張気味に答える。真央が言う。
「俺達って、付き合ってるの?」
「え? ど、どうしたのよ!! そんなの当たり前じゃん」
驚いたと言うよりやや怒った口調。真央が答える。
「そうか。じゃあさ、鈴夏……」
無言で鈴夏が真央を見つめる。
「俺達、もう終わりにしようか」
「え? な、なに!? 何言ってるのよ、真央」
驚く鈴夏。真央は立ち上がり、テーブルの上に置かれた伝票を手に取り笑顔で言う。
「鈴夏にはさ、そのぬいぐるみキーホルダーの人の方がきっと似合っていると思うよ」
「!!」
鈴夏がソファーの上に置かれたバックにつけたぬいぐるみキーホルダーに手をやり答える。
「な、何言ってるのよ。真央、これは……」
動揺した表情。想定外の文言。真央が笑顔で言う。
「好きな人がいるんだ。もう行くね。渡瀬さん」
「ちょ、ちょっと、真央、待って!!」
真央は鈴夏に背を向け歩き出す。
(ごめんね、鈴夏。不甲斐ない彼氏で)
真央が会計を済まし店を出る。そして振り返ってファミレスを見上げつぶやく。
「ありがとう。そしてさようなら」
真央はまっすぐに駅へと歩き出した。




