2.教室の魔王様
『そっちはどう?』
『勉強、ちょームズイ!! みんな頭いい人ばっかだし』
『鈴夏なら大丈夫だよ!』
『うん、頑張るね!』
離れ離れになった西京真央と渡瀬鈴夏。やり取りは主にスマホのSNS。毎日家に帰るとふたりは、その距離を埋めるように遅くまでやり取りを続けた。
(鈴夏に会いたい!! 早くGWにならないかな)
4月下旬から始まる大型連休。無論、真央は隣県まで彼女に会いに行くつもりだ。
『GW、楽しみだね!』
『うん、早く鈴夏に会いたい!!』
ふたりの間に横たわる距離。変わらないことを望む真央。だがそんなふたりに少しずつ変化が起こり始める。
「真央様ー、この本はどこに片づけますか??」
少し遅れて図書委員になった藤原結。ことあるごとに先輩の真央に尋ねる。真央が右手を額に当て、すぐにすっと本棚を指さし答える。
「あそこに頼むよ、藤原」
「は~い」
結は真央のことを慕っていた。いや、慕うと言う表現以上の何かが彼女にはあった。
「真央様、今日も読んでいるんですか?」
本を片付けた結が真央の元にやって来て尋ねる。真央が手にしたバイブル『魔王様の憂鬱』を見せ指を二本立て答える。
「無論だ。最強にして最高の到達点。このヴァイブルが魔王たる我の存在の源。そう言えばそなたも興味があったんだよな?」
結が頷いて答える。
「うん。その本、大好きだよ」
真央の眉がぴくんと動く。
「大好き? ちちちっ、そのような陳腐な言葉で語られては困るんだよ。分かるかい?」
「うーん、よく分からないけど結が好きなのは、この辺りで……」
そう言いながら真央の隣にすっと密着するように座る。そして手にした本を捲り、ページを指さす。
(ち、近い……、それにいい香り……)
触れれば壊れてしまいそうな綺麗な肌。思考を奪う女の甘い色香。我に返った真央が答える。
「わ、悪くないな。藤原。そのくだりが好きってことは、じゅ、十分我の思考への共感も可能であろう……」
何を言っているのかよく分からなくなってきた真央。ただただ距離が近く、そして結を初めて『女』として意識した。結が尋ねる。
「真央様はどこが一番好きなんですか?」
本の話になりやっと自分のペースに戻って来た真央。ぱらぱらと本を捲り、結に言う。
「うむ。ここかな、やはり。魔王登場のシーン。最高にカッコイイよな!!」
普通の高校生に戻ってしまった真央。結が答える。
「うん、そうだね! インパクト凄かったよね~」
結は真央と同じ読書が趣味。しかもラノベ好きと来ているから話が合わないはずがない。そしてふたりの共通の話題はやはり『魔王様の憂鬱』。結ももちろん大好きな本だ。真央が立ち上がり、両手を前で交差させ、指を立てて言う。
「我こそは最強にして最高の煉獄の支配者『西京真央』。すべての存在の頂点にて唯一無二の存在なり!!」
それはまさに『魔王様の憂鬱』における最初の魔王の登場シーン。決めポーズを取った真央に結が言う。
「真央様、カッコイイ~!!」
手を叩いてそれを褒め称える結。周りの生徒達は最初こそ驚いて二人を見ていたが、最近はもう皆呆れ顔になって眺めている。結が言う。
「真央様は本当に魔王様なんだね!」
「無論だ、それこそ我が真骨頂。すべてを統べる者なり!!」
結が机に両肘をつきその上に顔を乗せて言う。
「じゃあ、真央様は『教室の魔王様』なんだ」
「教室の魔王? まあ、良い。これは我の仮なる姿。真なる我は……」
「ねえ、真央様」
「ん、なんだ?」
まだ設定にどっぷり浸かっていた真央。それが結の言葉によって一気に現実世界へと引き戻される。
「真央様って、彼女とかいるのかな……?」
魔王からただの高校生に戻った真央。そう尋ねる結を不覚にも可愛いと思ってしまった。