19.もし叶うなら、またやり直したい。
藤原結の通夜はその日の夜に行われた。
元来一晩を通して故人に寄り添うのが通夜。だが現代では数時間のお別れで済ますことが多く、結の場合もそうであった。大きな葬儀会場。お金持ちと聞いていた彼女の通夜はそれに違わぬ立派な会場で行われた。
(藤原……)
目を真っ赤に腫らした真央が通夜の会場に現れる。すでにたくさんの級友達が来て、皆涙している。
花火大会に行くために歩道を歩いていた結達。慣れない下駄を履いていたせいで群衆に押されそのまま転倒。運悪く車が通り接触。外傷こそほとんどなかったが頭の打ちどころが悪く、そのまま病院へ運ばれたが最期まで目を覚ますことはなかった。
(俺は、俺は何をやっているんだ……)
真央は結の死を知ってから自宅に戻りひとり泣いた。
こんなにも涙が出るのかと言うほどに泣いた。そして自分を責めた。無駄だと分かっていた鈴夏のところなどへは行かずに結と花火大会に行けば良かった。そうすれば彼女が死ぬことなどなかったかもしれない。真央は自宅の床に何度も頭を叩きつけ、自分の愚かさを嘆いた。
(藤原……)
通夜の会場に飾られた結の遺影。亜麻色のボブカットに満面の笑み。笑顔が似合う子だった。いつも笑っていた。
『真央様~』
目を閉じれば結の明るい声が頭に響く。当たり前の日常。当たり前の存在。それがもう、ない。
「西京君……」
立ち尽くす真央に後ろから声が掛けられた。真っ赤な目をした真央。振り向いたその結の級友は更に赤い目で真央を睨んでいた。
「聞きたいんだけどさ……」
彼女達は結と一緒に花火大会に向かった友達。
「西京君、あの日、結と約束していたんだよね……」
「……」
無言になる真央。とても元カノへ会いに行っていたなんて言えない。
「結、西京君と一緒に行くのをすごく楽しみにしていて……、ねえ、あの日ちゃんと公園にいた?」
胸が痛くなる。答えられない。こんな嘘つきたくない。これ以上罪を重ねたくない。友達が涙を流しながら言う。
「いなかったんだよね。あれだけ救急車とか来て大騒ぎになっていたのに、西京君現れなかったもん。その後も連絡つかなかったし……」
「ごめん……」
自然と出た言葉。誰に対して謝っているのか、何に対して謝っているのか分からない。友達が涙をハンカチで拭きながら言う。
「どうして最初から一緒に行ってあげなかったの? ううん、それはいいよ。ねえ、西京君。どうしてその気がないならちゃんと断ってあげなかったの??」
(!!)
とどめを刺されたような気持になった。何か大きなハンマーで頭を殴られたような感覚。
ずっと後悔していた、結と一緒に行けば良かったと。でも違う。彼女の気持ちを知りながら曖昧にしていたこと。ちゃんと『行けない』と断らなかったこと。断っていれば、自分が結にきちんと伝えていればこんなことにならなかったかもしれない。
「ごめん、ごめん……、ううっ……」
真央は走り出した。大切な結との最後のお別れの場。それは分かっていたのだけど、もうそこには居られなかった。
――結を殺したのは、俺だ。
雨。また雨が降って来た。
あの日も雨だった。取り返しのつかないことをした日は決まって雨が降る。
「うわああああああ!!!!!」
真央は走った。周りの目など気にせず大声を上げなきながら走った。
「うわああああああ!!! 藤原、藤原ぁ、結ーーーーーっ!!!!」
どれだけ走ったのか知らない。土砂降りの中、気が付けば河川敷に来ていた。流れる涙が雨と共に消えて行く。激しく降る雨。それがまるで自分の心の叫びを表すかのように強くなる。
鈴夏を失った。そしてもっと大事だった結までも失った。
居なくなって初めて気付く大切な存在。鈴夏と離れ離れになり不安だった時期。それを支えてくれたのは結だった。底抜けに明るく自分に一直線な彼女。
『真央様~』
目を閉じれば思い浮かぶ彼女の声、笑顔。
「俺は、俺は……」
真央が四つん這いになり地面に頭をドンドンと何度も叩きつける。そして気付いた。
――俺は藤原のことが好きだったんだ
鈴夏のことなどとっくに切れていた。ただの思い込み。大切な彼女だったと言う訳の分からぬ矜持。
「違う、違ったんだ……」
でもそれは違った。自分の傍にいて、励ましてくれて、寄り添ってくれていた彼女。
「結、ごめんな……、ごめんなあああああ!!!!!」
大声で泣いた。土砂降りの雨の音に負けないぐらい大きな声で泣いた。
――もし叶うなら、またやり直したい。
河川敷の地面に仰向けに倒れた真央。昔結が言っていた言葉がぼんやり頭に浮かぶ。
「結、結……、なぁ、会いたいよぉ……」
心から願った。
大切な人に会いたい。もう一度会えるなら何が起ころうと構わない。土砂降りの雨。動かぬ体。真央の意識は眠る様に消えて行った。
(……朝?)
真央は明るい日差しに気付き目を覚ます。
自宅のベッドの上。あれからどうやったか知らないが、恐らく無意識のまま家へ帰って来たのだろう。体調は悪くない。風邪も良くなっているようだ。
「結……」
だが心は晴れない。きっとこの先ずっと晴れないだろう。窓の外は快晴。心とは真逆のその風景に絶望すら覚える。
「おはよ……」
起きて来た真央がキッチンにいる母親に言う。母親が答える。
「真央、夏服用意しておいたからね。ちゃんと確認しておいてよ!」
(夏服の確認? 何を今更そんなこと……)
既に夏休み。今更なぜ夏服を確認しなければならないのか。そう思った真央の目に壁に貼られたカレンダーが目に入る。
「あれ? ねえ、なんでカレンダー5月なの?」
まだ捲ってなかったのか。それにしても7月なのにおかしな話。母親が不思議そうな顔で答える。
「なんでって、4月が終わったから5月でしょ?」
「え?」
真央が固まる。何を言っているんだ? 5月? 今はもう7月に入って夏休みで……
「新緑?」
窓の外に見える木々の葉の色が薄緑色をしている。新緑。晩春の頃の色合い。
「嘘、だろ……」
真央がすぐに部屋に戻りスマホを確認する。
「5月3日……」
GW後半の5月3日。それは高校に入って初めての大型連休で、元カノの鈴夏に会いに行く日であった。




