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17.曇り空

 真央が空を見上げる。曇りだった空は日が暮れるとその暗さがあまり気にならなくなった。ただそれは偽りの光景。見たくないものに目を背けるような感覚。暗く冷たい空は確実にそこに存在していた。



(ここらでいいか……)


 土曜の夕刻。少しずつ暗くなり昼間の暑さも和らいできた頃、真央は鈴夏と約束した駅にひとり立っていた。夏祭りに向かう大勢の人。人がうねる波のような光景。有名なお祭りではあるが想像以上に人が多い。


(大丈夫。きっと来る。鈴夏は来てくれる)


 真央の頭の中には今も鈴夏が住んでいる。優しく微笑んでくれた鈴夏。一緒に買い物した鈴夏。ご飯を食べた鈴夏。引っ越しの日に涙を見せた鈴夏。すべての鈴夏がまだ真央の中で輝きを失っていない。


(焦らず待とう……)


 あれからスマホは静かなまま。既読にはなっていたが返事はない。待つことにした。ただただ待つことに集中した。




「やだ~、ほんと~??」

「浴衣、ちょー可愛い!!」


 駅前でひとり立つ真央。祭り会場に向かう人達は綺麗に着飾り、皆楽しそう。すっかり暗くなった辺りに、祭りの始まりを告げる音が聞こえてくる。

 ひとり立つ真央。一体どれだけ待ったのか知らない。最初同じ場所で誰かを待って人達は皆居なくなり、明らかに誰かを待っているのは自分だけになっていた。



(鈴夏……)


 それでも真央は待った。スマホにメッセージを送ることすら怖かった。待つことで辛うじて自分の存在を肯定できた。まだここに自分はいる。まだ終わっていない。そう自分に言い聞かせた。



「楽しかったね~!!」

「もう足痛いよ~」


 やがて少しずつだが人の歩く流れが変わっていく。その顔は祭りを楽しんだ満足そうな表情。そう、帰宅する人達の流れだ。真央は時計を見た。


(もうこんな時間……)


 それは祭りも折り返しに掛かる時間。約束の場所には来ない。そう思った真央は考えた。



(きっとこの場所が分からなくて俺を探しているんだ!!)


 後で考えればなんと悲しい考え。客観的に見ればそんな可能性は一ミリもない。だが真央はひとり祭り会場へと足を向ける。大切な彼女鈴夏に会いたい。鈴夏を取り戻したい。



「鈴夏、鈴夏、鈴夏鈴夏……」


 真央はひとり祭り会場を歩いた。鈴夏に会う為に必死になって彼女を探した。



 ドン……


「おい!! てめえ、気をつけろ!!!」


 誰かとぶつかっても、それに気付かないぐらい懸命に探した。ただただ会いたい。鈴夏はきっと来てくれている。その思いだけが真央を動かした。




「お帰りの際は、十分お気をつけてお帰り下さい!!!」


 気付けば祭りは終盤を迎え、警備員が帰宅する人に注意を促す言葉が辺りに響いていた。鈴夏には会えないのか。少しだけ諦め始めた真央の目に、その奇跡が映った。



「あっ……」


 人混みの中、駅へ帰る人の群れにその茶髪で目のクリッとした女の子を見つけた。



「鈴夏……」


 中学時代とは変わってしまった姿。でもそれは間違いなく鈴夏。カールの掛かった髪をアップにし、赤い浴衣を着た大切な彼女。鈴夏が来てくれていると言う願いは叶った。だがそこまでだった。


(あれは、高橋……)


 探し続けた彼女の隣には、日に焼けた短髪のイケメンテニス部の高橋の姿があった。楽しそうに会話するふたり。手には祭りで買った綿あめ。もう片方の手は離れないようにそっと鈴夏の腰辺りに添えられている。



(鈴夏……)


 真央は立ち尽くしたままふたりとすれ違った。

 一瞬目が合ったかもしれない鈴夏。だが何の反応の示すことなく過ぎていく。



「これが、答えなのか……」


 雑踏の中、真央が小さくつぶやく。大切だった彼女が手の中から消えて行く。



(分かっていた、本当は分かっていたんだ……)


 振り返る勇気すらなかった。真央は溢れる涙を堪えながら鈴夏達とは逆の方向へと歩き出す。



「うっ、ううっ……」


 一度別れを告げられている。スマホのメッセージにも返事がない。相手は自分のような厨二病じゃなくて頭のいいイケメン先輩。何ひとつ勝てる要素などない。だけど認めたくなかった。認めたらもう終わりが決まってしまう。

 真央は歩いた。祭り終了の時間を迎え、片付けられていく屋台をぼんやり眺めながらひとり歩いた。



「雨……」


 何時だろう。祭りもすっかり終わり、ひとり彷徨うように歩いていた真央は、顔に当たった雨粒に気付き空を見上げる。


(俺は目を背けていたんだ。あの空を見ようとしないみたいに……)


 夜の闇に紛れて見えない曇り空。だがそこに間違いなく暗い雲はあった。鈴夏が戻ってこないことなど本当は分かっていた。見苦しい。未練がましい。



「はあ……」


 雨が強くなって来た。真央は祭り会場近くにある神社に行き、雨宿りのため社に腰を下ろす。自宅よりずっと遠い場所。すでに帰宅は不可。雨に濡れた体をさすりながら真央が涙を流す。



「ごめん、鈴夏……」


 謝ることしかできなかった。寂しい思いをさせた。辛い思いをさせた。彼氏失格。これは必然。至らない自分に代わり、高橋が彼女を幸せにした。鈴夏が幸せならもうそれでいい。真央は初めて心の中で鈴夏に別れを告げた。

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