15.週末の約束
「真央様~っ!!」
学期末テストも終わり、迎えた終業式。午前中のみの形式的な式を終え、帰宅しようとした真央に結が駆け寄って言う。
「一緒に帰りましょ!」
待ち伏せ。恐らく結は自分が来るのを待っていたようだ。明るい声。近くにいた赤髪の美女がこちらを一瞥してから歩き出す。真央と一緒に下校していた男友達が遠慮気味に言う。
「じゃあな、西京。俺ら、先行くわ」
「あ、ちょっと……」
気を遣ってくれたのか友人達がそそくさと先に行く。真央がふうと小さく息を吐き結に言う。
「ま、いっか。じゃあ帰ろうか」
「はい!」
すっと真央の隣に寄り添うように立ち、歩き始める結。どこから見てもカップル。自分が思う以上にお似合いだと言うことに真央は気付いていない。結が言う。
「早いね~、もう明日から夏休みだ」
「そうだね」
今日も快晴。セミの鳴く声とじわじわと滲む汗が夏の暑さ増長させる。
「真央様、夏休みの予定は?」
「夏休み? そうだな……」
真央が黙り込み何かを考える。その違和感に気付いた結が真央の前に立ち尋ねる。
「何か計画してるんですか??」
「あ、いや。べつに。とりあえずあれだ。ほら、図書委員の仕事」
結が目を細めじっと真央を見つめる。夏休みにも図書委員の仕事はある。一日二日程度だが、登校して本の整理や清掃などを行う。だがそれとは別の何かの用事と睨んだ結が尋ねる。
「違うでしょ~、何か隠してる!!」
「え、隠す!? な、なんで藤原に隠し事なんか……」
そこまで言って真央が気付く。ただの友達。図書委員の仲間。隠し事をして何が悪い?
「真央様」
「な、なに?」
結が前屈みになり上目遣いで言う。
「今週の土曜日、空いてますか?」
「今週の土曜……」
夏休みに入って最初の週末。今のところ予定はない。だが真央は黙り込む。
「ないんですね? じゃあ、一緒に花火見に行きませんか?」
「花火?」
「ええ。港花火大会。たくさん上がってすっごく綺麗なんだよ!!」
返事ができない。無言の真央に結が言う。
「18時に港駅の先にある公園で待ってるね。浴衣買ったんだよ。結の浴衣姿、見たいでしょ? 真央様に見て欲しいんだよ〜!!」
「……」
返答ができない。そんな真央の腕をぐいと掴んで結が歩き出す。
「勉強教えてあげたお礼まだだよね? 真央様に拒否権なし!! さ、帰ろ」
いつも通りマイペースな結。真央はやや思いつめた顔で腕を引かれながら結と帰宅した。
(ブロックはされていない。そう、だからまだ大丈夫……)
その日の夜。真央は自室のベッドの上に寝ころび、スマホのSNSを見つめていた。
中学の冬から付き合い始めた鈴夏。あの頃は毎日のように連絡を取り合った。だが今は違う。掛ける言葉が見つからない。否定されそうであの日から連絡していない。
(今週末、鈴夏の街で夏祭りがある……)
ネットで調べた情報。鈴夏が引っ越した街に今週の土曜日に夏祭りが開かれる。大きな祭りで県外からもたくさん人が訪れるイベンだ。屋台や盆踊り、ミュージシャンなどの演奏もある。偶然ではあるが結に誘われた花火大会と同じ日だ。
「鈴夏と行きたい、な……」
真央が思う。付き合っていたら当然一緒に行くであろう夏祭り。きっと可愛い浴衣を着て一緒に祭りを楽しむはず。
(浴衣……)
その言葉で真央の脳裏に結の顔が浮かぶ。もちろん笑顔。浴衣を着てにっこり笑う結の姿。真央が首を大きく左右に振ってその姿を消す。
「何を考えているんだ! 俺は鈴夏の彼氏。そう俺は鈴夏の……」
そこまで言ってやや自信を無くしてきた真央。本当に自分はまだ彼氏なのか。あの高橋って先輩じゃないのか。考えれば考えるほど不安になる。だから思い切った。今の自分のすべてをかけてスマホを握り文字を打ち込む。
『今週の土曜日、一緒に夏祭りに行こう。駅で待っているから』
短い文章。そのあとに何度か色々な文字を書いては見たが結局すべて消し、この簡単な文章のみにした。送信する指に汗が滲む。昔は呼吸するように送っていた鈴夏へのメッセージ。まだブロックされていないことだけが今の唯一の心の支え。
(送信……)
ゆっくりと画面に指で触れる。そしてすぐにスマホを閉じた。見たくない。いや見たいけど見たくない。既読になるか、無視されるか。分からない。だけど1%でも可能性があれば今はそれに賭けたい。
真央はスマホを机に置き、そのまま駆け足で風呂へと向かった。
(あれ……?)
同じ時刻、部屋にいた鈴夏がスマホのメッセージ受信に気付く。久しぶりの相手。鈴夏がスマホの画面をじっと見つめた。




