14.勉強会
梅雨が明けた。
今年は空梅雨と思えるぐらい晴天が続き、テレビでは水不足を懸念するニュースが流れている。暑さ。澄み切った空。そんな夏の空とは真逆の湿った気持ちのまま間もなく夏休みを迎える。
「真央様~、もうすぐ夏休みですね!!」
放課後の図書室。黙々と仕事をする真央に結が言った。6月に行われた図書祭り。魔王コスで人気となった図書室だが、すっかりあの頃の盛り上がりは影を潜め、今は以前の様に静かな場所へと戻っている。
「そうだな。テストもあるか」
学期末テスト。それが終われば本格的な夏休みとなる。
「ねえ、真央様。今週末に真央様の部屋で一緒に勉強しませんか?」
唐突。だが結の性格を考えれば別に驚くほどのことではない。
「急だな、勉強? うーん……」
特に用事もないしテストが近いから勉強自体も悪くない。だが未だ真央を縛り付ける呪縛がある。
(俺は鈴夏のもの。そんな俺が他の女の子とふたりきりで……)
鈴夏に振られたことをどうしても認めたくない、いや認められない真央。心のどこかで彼女はまた戻って来る、自分のところへ帰って来てくれると思っている。
「真央様~、いいでしょ~??」
図書室のカウンターで隣に座る結。すっと真央に密着するように移動する。
(藤原、大きいよな……)
上から見下ろす結の胸。張り出した大きな膨らみが真央の目いっぱいに映る。
「じゃあ、次の土曜日ね!」
結局押しの強い結に最後は押し切られてしまう。真央は知らぬ間に鈴夏が抜けた隙間を、結に少しずつ埋められていることにまだ気付けなかった。
「お邪魔しま~す!!」
土曜日。結が家にやって来た。偶然両親が仕事で不在だったことに安堵する真央。結はTシャツにパンツとラフな服装。健康的な高校生だ。
「さあ、頑張って勉強しましょうね!!」
結は部屋に来るなり持っていた鞄の中から大量の参考書を取り出し、腕をまくって言う。本気で勉強に来ている。それも当然。中学時代に一時的に成績が下がったとは言え、元々頭脳明晰な彼女。環境が安定すれば学年でも上位に行ける頭の持ち主。
「藤原、マジで頭いいなー」
一緒に勉強すると言うよりは、結が真央に教える方がメインになりつつある。
「教えることも復習になるからいいですよ」
「そうかな。そう言って貰えると気が楽になる」
勉強会と言う名の指導会。じっと参考書を見つめる真央に結が言う。
「魔王様でありながら下部Aに指導を受けるなんて、本当に仕方ないですね!」
「……」
黙り込む真央。結が言う。
「最近、魔王様やってくれないですね……」
真央の設定。唯一無二の大魔王。あの日、鈴夏との出来事があってからほとんどやっていない。
「うん……」
あんなことをしていたから鈴夏の気持ちに気付けなかった。離れて行く鈴夏に寄り添ってやれなかった。大切な彼女。それを苦しめてしまっていた言わば贖罪。結がペンを持ちながら言う。
「私、真央様の魔王が大好きなんですよ」
「藤原……」
そう言ってくれるのは嬉しい。だが今はそれは不要なこと。魔王なんて役に立たない。ただの厨二病。魔王になろうがならまいが鈴夏は戻ってこない。真央が立ち上がって言う。
「のど乾いたでしょ? 何か飲み物持ってくるよ」
「うん……」
部屋を出る真央。結の期待に応えられずに場を離れた格好となった。
(真央様……)
ひとり残された結。視線を本棚にやると前回は気付かなかったアルバムが目に入る。悪いと思いながらも結が立ち上がり、それを手にする。
(綺麗……、これが真央様の彼女さん……)
そこには中学時代の真央と彼女の鈴夏が写った写真があった。カールの掛かった黒の長髪。クリッとした大きな目。どこから見ても正統派美少女。これじゃあ勝てないなあ、と思った結だが別の思いもある。
(彼女さんと何かあったのかな……)
女の直感と言うべきか。明らかに最近の真央は何かが違う。それがこの彼女にまつわるものかどうか分からないが、真央の大事な『魔王設定』を除けば他に大切なものはきっとこの彼女以外考えられない。
結がゆっくりアルバムを閉じ、元の本棚に返す。
(私って悪い女……)
でもそれを喜ぶ自分がいる。彼女と上手くいっていないであろう真央を想像し、ほくそ笑む自分がいる。負けたくない。押して押して絶対に落とす。
「魔王様は下部Aによって陥落させられるのでした~」
「ん? なに??」
そこへオレンジジュースを持った真央が戻って来る。結がにっこり笑いながらそれに答える。
「何でもないですよ~、さ、勉強しましょ。真央様っ!!」
前向きな結。学期末試験、そして間もなく運命の夏休みが訪れる。




