13.下部Aの策略
大好きだった鈴夏にあのような言葉を投げかけられる前だったら、きっとこんなことは断っていたのだろう。
「おはようです、真央様っ!!」
週末、結との約束であるラノベの買い物。少し離れた街にある大きな本屋。文房具や雑貨、ゲームやフィギュアなども扱うオタクの聖地とも言えるような場所。
結は中学の頃はよく通っていたようで勝手知っているし、真央も何度か来たことのある場所。好きな場所。だがそこに鈴夏以外の女の子と一緒に行くことなど想像もできなかった。
「真央様、今日も暑いですね〜」
結の衣装は亜麻色の髪に合わせたかのような薄茶色のワンピース。スカートは白い腿を露出させたミニ。濃いめのブーツに綺麗に合わせられている。
可愛い。客観的に見なくとも可愛い。だが今の真央にそんな感情を持つ余裕などなかった。
「行こっか……」
まるで仕事。ラノベを一緒に買いに行く作業。彼の頭の中にはまだ鈴夏が生きており、鈴夏が笑顔で暮らしている。結は十分に可愛い。そんな彼女が隣にいても今の真央には特別な感情は抱けない。
「うわ〜、真央様っ!! すごいたくさん新刊がありますよ!!
近隣で最大の売り場面積を誇る本屋。最近人気のあるラノベの新刊がずらりと並べられている。
(鈴夏とも、一度来たよな。ここ……)
だが真央の頭にはやはり鈴夏。どこへ行っても何を見ても彼女のことを考えてしまう。
(叶うなら、やり直したい……)
真央の心に残るその言葉。もう一度あの頃に戻ることができるのならば、違った未来があったのかも知れない。
「……真央様」
真央は気付いた。結が自分のシャツの袖を掴んでいるのを。
「どうした?」
気の利かない言葉。心のない言葉。結が言う。
「私と一緒じゃ、つまらないですか……?」
(え?)
真央の意識が初めてきちんと結に向けられる。シャツを掴みながら結が俯いて言う。
「真央様はどこにいるんですか。真央様は誰なんですか。私はここにいます。結は、真央様とちゃんと居るんですよ」
「藤原……」
結の手が掴んでいたシャツから腕へ回される。綺麗な髪。亜麻色の髪。きちんと整えられた女の子の髪。結が言う。
「私を魔王様の世界に連れて行ってください。強引に真央様の世界に連れて行ってください。真央様となら見られるんです、私の夢が」
黙り込む真央。結が顔を上げて言う。
「私は真央様が好きです。忘れないようにもう一度言うね。私は真央様が好き。だから真央様、真央様が落ち込んでいると言うなら……」
気のせいか結の目が少し潤んでいる。
「下部Aがいっぱい元気にしてあげます!!」
(藤原……)
隠していても、いや隠していなかったのかも知れない。鈴夏とあったこと。辛い出来事。
「ごめん……」
関係のない結に心配させていた。こんなにいい子を悲しませていた。結が言う。
「違う違う! ごめんじゃないでしょ。そこは『ありがとう』。ほら、言ってみて!!」
「え? ああ、ありがとう……」
やっと自分に向けられた意識を感じ結が嬉しそうに、そして恥ずかしそうに言う。
「そうですよ! 真央様を元気付けるために、こんなに短いスカート履いて来てるんですからね……」
そうってミニスカートを手で押さえる結。意識してみれば確かに短い。通り過ぎる男達も必ず皆一度は視線を向ける。
(ありがとう、藤原。こんな俺の為に……)
感謝。ようやく真央の心に感謝の気持ちが湧いてくる。結が真央の手を取って言う。
「さあ、次行きましょ! ご飯にカフェに、映画。たーくさん予定組んでありますから!!」
「え? そうなの?? 今日はラノベを買いに来たんじゃ……」
結がクスッと笑って答える。
「そうですよ。でもそれを『デート』って言うんですよ!!」
(え!?)
頭のどこかで理解していたかも知れないその言葉。だがはっきり言われるとやはり戸惑う。結が胸を張って言う。
「あーはははっ!! 魔王ともあろう存在がたかが下部Aの策略に嵌るとはなんたる失態。くくくっ。さあ、今日は諦めて我に付き合うが良い!! 心より楽しませてやるぞよ!!」
周りの人が珍しそうに見つめる中、結は真央の手を取り歩き出す。
「さ、行くよ。真央様っ!!」
下部Aの策略。今だけは鈴夏のことを忘れられるのかも知れないと思った。




