12.小さな嘘
(何やってんだよ、俺は!!!)
涙は我慢した。
鈴夏と高橋がふたりで出て行ってから家に帰るまで、とにかく涙だけは出さないように我慢した。
「鈴夏ぁ、鈴夏ぁ……」
家に着き、自分の部屋のベッドの上に仰向けになって初めて涙が流れた。
「うっ、ううっ……」
後悔の連続だった。どうして俺はもっと彼女に会いに行かなかったのだろうか。どうしてもっと彼女の気持ちを考えてやれなかったのだろうか。どうして、どうして……
「どうしてあの時、止めなかったんだよ……」
それは付き合い始めたクリスマスの頃。鈴夏が隣県の進学校を希望していると知った時。『寂しい』と強く思ったのに止めなかった。止めろ、とは言えなかった。鈴夏と付き合えて嬉しかった。可愛い彼女ができて浮かれていた。こんな未来は想像もできなかった。もしあの時、俺が止めていれば……
『もし叶うのなら、もう一度やり直したい』
やり直したい。
そう、これは結が口にしていた言葉。やり直しなんてことが叶うのならば、もう間違えない。悩まない。大切なものを守るために、全力を出す。
「くそっ、くそっ……」
大きな声は出さなかった。声を殺して悔しがり、ベッドを何度も叩く。涙が溢れる。泣いた。こんなに泣いたのはいつ振りと思うぐらい泣いた。そして思った。
「俺は、やっぱり鈴夏が好きだ……」
変わらぬ彼女への想い。自分の後悔の気持ちが大きければ大きいほど、彼女への想いは増していった。
「真央様~、乙です!!」
放課後、いつものように図書室へやって来た結が笑顔で挨拶する。
「お疲れ、藤原」
その声、表情を見た結がむっとした顔で言う。
「あー、また魔王様じゃなーい!! 真央様、真央様はちゃんと魔王様やらなきゃだめだよ!!」
(もういいんだ……)
「やれない時だって、あるよ……」
「真央様……?」
少し様子が違うと気付いた結の声のトーンが下がる。
(こんな馬鹿なことやっていたから、俺は気付けなかったんだ。鈴夏の気持ちに……)
「真央様、どうかしたんですか?」
心配そうな顔で結が尋ねる。真央が答える。
「何でもない。さ、仕事するぞ」
「……はい」
何でもない訳がない。好きな人が悩んでいる。気付かないはずがない。結が尋ねる。
「真央様」
「なに?」
本の貸し出しカードをチェックしながら返事をする真央。結がその顔を覗き込むように言う。
「この間の図書祭り、大成功でしたよね」
「うん、そうだね……」
自分でも想像以上の出来。でもそれは言ってみればすべて結のお陰。
「あの時の約束、覚えてる?」
「約束?」
そんなものしたのかと真央が考える。
「えー、忘れちゃったんですか? じゃあ仕方ないな、教えてあげる」
真央が結の顔を見て聞く。
「今度一緒に街の本屋さんにラノベを買いに行くって約束したでしょ?」
「え? そうだっけ……」
全く覚えていない。いつそんな約束をしたのか。結が寂しそうに言う。
「本当に覚えていないんですかー? まあ、あの時は図書祭りの準備で忙しかったし。でも祭りが終わったら『今度一緒にラノベ見に行きましょう』って約束したんですよ!!」
そうだったのかな、と思いつつあの当時のことを思い出す。
「うーん、ごめん。やっぱり忘れてたかも」
結が腕を組み小さくため息をつきながら言う。
「やれやれ。魔王様ともあろうお方が、仕方ないですね~。でも約束は守って貰いますよ。次の週末。真央様の予定、空けといてくださいね!!」
「あ、ああ。分かった」
身に覚えのない約束。半ば強引に決められた感もあるが、約束したのならば覚えていない自分が悪い。真央は素直に結の言葉に従った。結が思う。
(ごめんなさい、真央様。本当は約束なんてしていないんです……)
「はい、こちらに名前を記入してください……」
図書室のカウンター。本を借りに来た生徒の相手をする真央の背中を見ながら結が思う。
(でも、私が一緒に居ないと、少しでも目を離してしまうと……)
寂しそうな背中。生きている感がない背中。
(あなたが消えてしまいそうなんです……)
結の目に映るその背中。それは逞しい魔王の背中ではなく、弱々しい男子高生の小さな背中であった。




