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11.西京君

「嘘、だろ……」


 真央は鈴夏から送られてきたメールを何度も何度も凝視した。



『私達、もう終わりにしよう』


 他の意味を考えた。だけど思いつかない。鈴夏と別れる。それ以外の意味は考えられない。真央はすぐに鈴夏に電話を掛けた。



『もしもし……』


 夜の遅い時間。数回の呼び出し音の後、まるで気持ちの整理をつけたかのようにゆっくりと鈴夏が出た。


『鈴夏、これどういう意味だよ……』


 意味なんて分かっている。だけど聞かずにはいられない。鈴夏が涙声で答える。


『ごねんね、ごめん。でも、そう言う意味……』


 鈴夏と別れる。別れる。なぜ。なぜ別れなければならない。



『俺、何か悪いことした?』


『ううん。悪いのは私。ごめんね……』


 謝るばかりで話が進まない。


『分からないよ!! 教えてよ!!』


 必死に食い下がる真央。鈴夏が涙声で答える。



『寂しくて、心細くて、壊れそうだったの……』


 知らない土地。知らない環境。ハイレベルの授業。頼る人もいない孤独。


『真央は悪くない。決めたのは私だし、やれると思っていた。でもね、やっぱり無理だった……』


 黙って聞く真央。そして最も聞きたくない言葉がスマホから流れた。



『私、好きな人ができたの』


 やり直したいと思った。時間を戻してやり直したいと心から思えた。自然と溢れる涙。たった一言、一言だけ鈴夏に伝えた。



『週末、会いに行くから』


 会ってどうするのか。だが一縷の望みをかけ真央はスマホを置いた。






「おっはよー、真央様!!」


 翌朝、登校する真央に結が近付いて声を掛けた。亜麻色のボブカットが風に揺れ甘い香りが鼻につく。結は可愛くなった。いや、そう見えるのだろうか。昨日の図書祭りの小悪魔コス以来、真央の、皆からの見る目が変わっている。


「ああ、おはよう。藤原……」


「ん? 真央様は元気がないですね~、どうしたのかなかな~??」


 可愛らしい。ただその可愛らしさが今は希薄に思える。


「何でもない。昨日はありがとう」


「え、ええ……」


 さすがの結も真央の変化に気付いたのか、それ以上あまり話しかけることはしなかった。






(真央様……)


 放課後。図書室にやって来た真央はやはり朝のまま暗い表情のままであった。


「魔王さーん、これお願いね!」


「……はい」


 昨日のノリで本を借りにやってきた生徒。あまりに昨日と違う魔王様を見てきょとんとする。他の女子生徒がやって来て言う。


「えー、今日は魔王コスやってくれないの~??」


「ごめんなさい。あれは昨日だけで……」


 当たり障りのないつまらない返事。多くの生徒が色々な期待をしてやってきたが、そのほぼすべてがつまらなそうに帰って行った。堪り兼ねた結が尋ねる。



「真央様。一体どうしたんですか!? 何かあったら結に言ってください!!」


 心配。そして不安。複数の感情が混じった結の言葉。真央が青い顔をして答える。


「何でもない。何でもないよ……」


 結が真央の()を握って言う。



「何でもあるから尋ねているんです!! 魔王様はどこですか?? 最強の魔王様はどこ??」


「ごめん……」


 とてもそんな気になれない。魔王なんて所詮設定。リアルでのダメージが大きければそんな気になれない。結が今度は優しく言う。



「真央様……」


 顔を上げた真央が結を見つめる。


「どんなことでも私に言ってください。聞きます。真央様のお話なら何でも聞きますから。それが下部しもべAの役割……」


 真央の目が少しだけ潤む。



(今、優しくするのは反則だよ……)



「ごめん。ありがとう。だけど、ごめん……」


 結に手を握られたまま俯く真央。結はそんな彼を抱きしめたくなる衝動を抑え、代わりに握った手に少しだけ力を込めた。






 週末。半ば無理やり鈴夏との約束をこぎ着けた真央。指定された前回と同じファミレスに向かう。梅雨の中休みの快晴。外を歩くだけでじっと汗が噴き出す。


「鈴夏……」


 今日も先に鈴夏が来ていた。

 涼しいファミレスの店内。それとは逆に鈴夏の姿を見た真央の体が熱く火照る。


「髪、染めたんだ」


 綺麗なカールの掛かった黒髪だった鈴夏。それが茶色に染められている。


「うん……」


 その返事には自分には関係ないと言わんばかりの気持ちが込められているようだ。自分の知らない鈴夏。そこに座るのは鈴夏であり鈴夏ではない誰か。席に着いた真央に鈴夏が言う。



「暑いよね」


「うん……」


 なんて無機質な会話。どうでもいい会話。こんな話をするために何時間も電車に揺られて来た訳じゃない。真央が言う。



「やり直せない、かな……」


 その言葉に何の反応の示さない鈴夏。


「俺が悪かった。鈴夏に寂しい思いをさせちゃったし、気付けなくて。毎週、うん。俺、毎週来るからさ、だから……」



「ごめんね……」


 そんな真央の言葉を遮る様に鈴夏が言う。


「好きな人がね、いるの。もう……」


 自分と鈴夏との間に空いた隙間。そこを丁寧に、綺麗に埋めてくれた人がいる。真央が言う。



「お、俺はさ……」


 そう言いかけた真央の目にファミレスのドアの方に目をやる鈴夏の顔が映る。どこかで見た男が入って来る。



(あっ、あいつって……)


 それは以前GWにあった男。テニス部の先輩で高橋とか言うイケメン。鈴夏が立ち上がり抑揚のない声で言う。


「ごめんね、西()()()。もう行かなきゃ……」



(え? 鈴夏……)


 立ち上がった真央の目に鈴夏の鞄、そしてそこに付けられた可愛らしいぬいぐるみキーホルダーが目に映る。

 入口に向かう鈴夏を高橋が笑顔で迎える。高橋はまるで恋人の様にすっと鈴夏の腰に手をやり並んで店を出て行く。


 真央の目には、高橋の鞄に付いたお揃いのぬいぐるみキーホルダーがずっと映っていた。

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