1.結と魔王様
――もし叶うのならば、もう一度やり直したい。
「じゃあねー、真央!! 浮気しちゃダメだぞ~!!」
カールの掛かった黒の長髪。クリッとした大きな目。渡瀬鈴夏は別れ際に大きく手を振って恋人の西京真央に言った。
西京真央15歳。中三の冬からクラスでも可愛いと評判の渡瀬鈴夏と交際している。
きっかけはお互いの趣味であった読書。秋の文化祭でお互いそれを知り距離がぐっと縮み、真央がクリスマスに告白して付き合い始めた。文芸中心だった鈴夏に対し真央はラノベ派。それでもこの時代、読書好きと言うだけでふたりの話は盛り上がった。
(浮気なんかするもんか。この俺様は鈴夏一筋だぜ!!)
だが辛い運命がふたりを襲う。
成績優秀であった鈴夏は隣県の超難関校へ進学。地元の普通高校に進んだ真央とは別の進路を歩むことになった。そしてこの頃から真央の厨二病が激しさを増す。
(この俺は最強の魔王!! 誰にも干渉されることのない孤高の存在)
鈴夏を想うがゆえ、他者、特に女の子との交流などほとんどすることはなかった。自己満足のプライド。自身との約束。
だが高校に進学した4月。その女の子は何の心構えもない真央の前にいきなり現れた。
「西京~、だからもうその話はいいってば」
高校に入り図書委員となった西京真央。図書室は充実した本が揃うお気に入りの場所。特に真央が心酔するラノベの聖本『魔王様の憂鬱』をお目にかかった時は目から涙が溢れるのが止められなかった。
(マジでここに無かったら俺が寄贈しようと思っていたぜ!!)
就任してから様々な雑務に苦心する魔王をコミカルに描いたお話。代わる代わるやって来る勇者を撃退し魔界を守り続けるその姿は一部のファンから根強い人気がある。
「我こそは最強にて最高の煉獄の支配者『西京真央』である!!」
右指を立て額に付け、体を斜め下に反り、ピンと伸ばした左腕をぐっと上に上げる。完全に厨二病の毒者。自己陶酔。ラノベ好きで仲良くなった友人ですらその深すぎる設定に苦笑いする。友人が言う。
「西京、だからもういいってば。みんな見てるじゃん」
夕方の図書室。バイブルと崇める『魔王様の憂鬱』を机に置き、真央がポーズを取りながら答える。
「何を言っている、下々の者よ。我こそは最強の魔王。時代の変革と混沌を打ち破る唯一無二の存在。西京真央とは我のことぞよ!!」
そう言って今度は両腕を顔の前で交差させ、うっとりと天井を見つめる。ラノベ好きの友人ですらいい加減呆れるほどの酔狂振り。図書委員の仕事ついでに話をした友人達がやや後悔の色を浮かべる。友人が言う。
「西京、だからもうマジでいいって。もうすぐ新しい図書委員の子が来るしさ」
4月中旬、隣のクラスの図書委員がひとり辞めてしまい、今日新たな子がやって来る。こんな変態厨二病がいたらその子も辞めてしまうかもしれない。真央が答える。
「何を言っている。我はこの世の影の支配者。誰が来ようと魔王たる我が……」
「うわー、やっぱり本物の魔王様なんだ!!」
「ん?」
そんな真央達の前にひとりの女の子がやって来る。亜麻色のボブカットに白い肌。澄み切った瞳に愛嬌のある笑み。真央が尋ねる。
「汝、何奴ぞ?」
「おい、西京。お前……」
設定になり切ったままの真央に友人が突っ込もうとすると、その女の子が先に答えた。
「藤原結です。魔王様!!」
そう言って首を横に傾けにっこり笑う。設定に付き合ってくれた結に真央が満足そうに頷きながら言う。
「うむ、悪くないぞ。藤原。ところで……」
そう話す真央を結がじっと見つめて言う。
「魔王様」
少しだけ混じる悲しみの表情。そして結はそれを消し、再び笑みになって言う。
「私が、結が魔王様の未来を変えてあげるね!!」
何を言っているのか分からなかった。魔王を自称する西京真央ですら返答に迷う意味深な台詞。そしてこれがすべての始まりだった。