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妄百八物語  作者: 天鏡慧
18/18

18 祈り

 この街で、人間の姿をしているのは三人だけだ。一人は私。町内会長のように、街を回って皆に挨拶を交わす。帰っては来ないが、皆何かしらのアクションを返してくれる。一人は、映画館の中に籠っている。錆びついた映画館で、昔ながらのフィルム映画をいつもボーっとしながら見ている。私もたまに見せてもらいに行くが、その目は虚ろだ。私が隣に座ると少しうれしそうな顔をするが、すぐに椅子に背を任せて何度も見たであろう映画を見つめる。そして、最後の一人に会いに来た。彼女は、この街の地下深くに閉じこもっている。映画館にいる以上に退屈であろう真っ白い部屋で眠っては起きて、眠っては起きてと静かで意味のない生活を送っている。私は、こんこんと彼女のいる部屋の扉をノックする。

「入るよ」

 私が扉を抜けて入ると、彼女は真っ白の折り紙で鶴を折っていた。数は、千はゆうに超すだろう。部屋の床を覆いつくすように置かれている。

「おはよう」

 消え入るような声で彼女は言う。白い髪、白い肌。彼女はいつも服を着ていない。目がチカチカするようなその白い部屋は、どこから光源を手に入れているのか分からないが、どこも全く同じ光量で鶴も彼女も影がない。地下にあるというのに。彼女が抱擁を待つように両手を広げて私を見ている。私は鶴をつまんでどかしながら、彼女に近づき抱きしめる。彼女の体は冷たい。普通の人間の半分ほどの温度しかないのではないかと感覚的には思っているが、そもそも何度が半分なのかわからない。とにかく、彼女の体の熱は半分だけなのだ。

「鶴。いっぱい作ったね。えらいね」

 正直に言えば、あの鶴を見て不吉というか言いようもない恐怖を感じた。鶴を折る行為からは、誰かの健康や幸福を祈る意図がくみ取れるが、その量が異常だ。部屋の隅には、彼女が納得いかなかったのか頭の潰された鶴の山がたまっていた。この鶴を折っている間、彼女は一心に誰かのことを考えていたのだろう。彼女にその気がなくとも、彼女の気持ちはそれを向けられた人を、破滅に追い込むだけの力がある。いや、彼女はそれが分かっているから、こんな地下深くに自ら閉じこもっているのだろう。

「今日は積み木持ってきたよ」

 私は持ち運びができる積み木を彼女に見せる。彼女はゆっくりと微笑んでいる。

「ありがとう」

 私は、鶴をどかして作ったスペースに、積み木を広げた。白木の香りがする。私と彼女は各々、積み木を組み立て始めたが、会話もなくトントンコツンといった木を積む音だけが部屋の中で響いて虚しくした。私は、四段以上積むとグラつくのを感じ、この塔が崩れるのを酷く恐れた。何故かは分からないが、あの積み木がガラガラと崩れる音がするのを私は恐れていた。彼女の方は、そんなことはお構いなしに積んでいくが、彼女が積んでいくそれは、何にも連想できなかった。高く積めば塔。四角に三角を乗せれば家。そういう、意味を見出すような気を削ぐような幾何学的な形だった。

「怖くないの?」

 私は思わず聞いてしまった。

「何が?」

 彼女は不思議そうに答える。

「それが、壊れるのが」

 彼女は不思議そうな顔をしたまま、薄く笑った。

「何も出来ていないから。怖くない」

 そういうものか。私は彼女のそれを何も理解できていないと思っていたが、彼女自身が何かの完成に向けて作っていたわけではなかった。だから、壊れても何も惜しくないということだろう。しかし、彼女がそれを壊そうとするなら、私は止めるだろう。理解はできないまでも、私は彼女の作ったそれを美しいと思っていた。

「あ。積み木、なくなっちゃった」

 彼女は最後の積み木を積み終えると、私の方を見ていた。

「また、探してくるよ」

「うん。ありがとう」

 彼女が積み木の方を見た。私の不格好な塔はどこか慈しみを感じる目で見つめるのに、自分が作ったそれには何の関心もなさそうな、空気を見ているような目をしていた。

「おやすみしよっか」

「うん」

 彼女が眠たそうだったので、彼女を隣の寝室に連れていく。ここも白い部屋、白い一人用の硬そうなベッドがあるだけの部屋。彼女はベッドに横たわって、布団に入り目をつぶる。こうすると彼女は一言も話してくれなくなる。実際に眠っているのか、目をつぶっているだけなのかは分からない。

「私は、好きだったよ」

 彼女の頭を撫でて、私は部屋を後にする。寝室から出ると、鶴は消えていた。部屋の真ん中に積み木だけがそのままの状態で置かれている。彼女を起こすこともない。ただ、折り紙に飽きてしまっただけのことだ。

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