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妄百八物語  作者: 天鏡慧
15/18

15 懺悔

「何もないのか?やりたいこと」

 彼の言葉が私の胸に突き刺さる。どうしても思いつかない。彼は私の背を前へ前へと押していく。しかし今乗っているブランコのように、少し前に進めたと思ったら鎖が私を繋ぎ止め、すぐに引き戻す。

「お互い自分の話をしよう。お互いのことを知らなきゃ、なにも出来ない」

 彼は今この公園に来てから、初めてまともなことを言った。初対面の人間に相合傘。そのまま一晩越すのはまともではない。私達はお互い何も知らない。

「じゃあ、まず俺から話す。言い出しっぺだからな」

 それから彼の話が始まった。私はブランコを止め、体を起こす。

「そんな大した話じゃない。ブランコ乗りながら聞いて」

 彼がそういうので、私はブランコに乗った。私が漕いでもちっとも前に進まないが。

「俺、目が悪いんだ。生れつきじゃないけど、病気で段々目が悪くなった。矯正もできないらしい。少し前まで読めた電柱広告の文字とか、青看板の文字が見えなくなって、信号の明かりが丸くにじんで見えるようになる。毎日毎日、自分が急速に衰えていく気がして。この前、医者に言われたんだ。君は大人になる前に完全に失明するって」

 彼もブランコを漕ぎ始めた。

「俺、落とし物をずっと探してたんだ」

「落とし物って?」

「宝石」

 宝石をうっかり落としてしまうとは。それじゃきっと見つからないだろうと思った。誰かが持ち去ったに決まってる。

「毎日、この辺を探してるけど、結局見つからないんだ。完全に見えなくなる前に、見つけないと。失くしたなんて言いたくないし」

 彼に誰かからもらった大切なものがあることに少し嫉妬した。そして私は彼に何も上げられないことがすごく悔しかった。

「蛍石って?」

「フローライト。寒色の青とか緑とかそういう色が混ざり合って、見ていてすごく落ち着くんだ」

「大切な物なんだね。探しに行く?」

「ああ。そうだな。一緒に探してくれたら嬉しい」

 それから私達は公園を出て、一緒に彼の思い当たる場所を巡ることにした。彼が転ばないように手を繋ぐ。本人が言うには、夜は光を拾いやすく以前と変わらず歩けるが、昼は光があちこちで弾けているようで歩きづらいそうだ。昼と夜で、私と彼で、見えているものが全く異なるのだ。それがとても、切なくて、夜、あんなに 頼もしかった彼の手が、私の手をギュッと握って必死で転ばないように歩いているのがすごく愛らしかった。歩道を注視しながら歩いたが、全くそんなものは見つからなかった。彼が最初に立ち止まったのは病院だった。

「ここが俺のよく行ってた病院」

「最近は行ってないの?」

「この病院じゃ、もう手も打てないらしい。親はもっと大きな病院に連れて行こうとしたけど、俺が止めた。目が見えなくなっても平気だよって」

 本当に優しい嘘ばかりついてきた人なのだ。生まれてから死ぬまで、誰かを思い遣って自分を黒い嘘で塗り固めていく人なのだ。私達はアオギリの気の下を歩いた。木漏れ日がさしてキラキラした。もし、宝石があればすぐに見つかるはずだ。

「フローライトをくれた人とも、ここで会ったんだ。綺麗な笑顔をした人だった」

 フローライト。

「ここにはなさそうだね」

「うん。次に行こう」

 木漏れ日の差す病院を通り抜け、商店街を歩いた。誰もが忙しそうで私達には目もくれない。商店街の裏道を通ると、陽が遮られ涼しかった。彼が止まってのは時計屋だった。奥の方に大きな置時計が並び、正面にまばらに腕時計が並んでいた。

「たまに家に帰りたくないとき、ここに寄ってた。何も買えないくせに時計を吟味していたら、おじさんがお茶を出してくれて、紙飛行機を一緒に作って飛ばしたりしてた」

 この通りにも宝石のようなものは置いてなかった。

「寄る?」

「いいよ。何も買わないのに」

 ガラスケースの奥にいるお爺さんと確かに目が合った気がした。確実に彼のことも見たはずなのにお爺さんはお茶を飲むばかりで、戸を開けてはくれない。

「帰ろう。やっぱりないみたいだ」

 私達が裏道を抜けるともう夕暮れだった。橙色になった空が、彼にはどんな風に見えているんだろう。雲の濃淡ももう分からないのだろうか。とぼとぼと、元の公園に着くまで、会話もなく歩いた。きっとこんな失望を毎日繰り返して、毎日がどんどん悪くなって、彼はあんな輝く目を手に入れたのだろう。公園にたどり着く。彼はベンチに座る。目を伏せてうつぶせている。私は喉が渇いたので、水飲み場で少し水を飲む。水滴の反射が少し紫っぽく見えた。私はその光に導かれるように、公園のゴミ捨て場を見た。寒色が混ざり合ったちょうど親指と人差し指で作る円にフィットするような宝石。しかし、私が話で聞いて想像したほどの絢爛さはなく、偽物なのか安物なのか。こんなものを大事にし続けてきたのだ。彼にとって大事なものが奪われた挙句、誰かの手を渡って、大事にされなかったことが私には耐えようもないほど辛かった。これを彼に渡せば喜ぶだろうか。色の混ざりは見えるのか。見えたとして、自分が大事にしてたものはこんなものかと失望するのではないか。

「おーい、何かあったのか?」

 美しい思い出に勝る輝きはない。彼の眼を濁らせるものはいらない。

「ううん。なんでも」

 私はそれをゴミ箱の奥に捨てた。私は彼の座るベンチに座る。

「次はお前が話す番だ」

彼の眼に映る私がとても醜く見えた。

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