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エピローグ

 エピローグ 青麦萌やせ




 昨夜、家に帰ると、すでに職場から帰ってきていた母に、どっぷりと叱られた。

 家事も済まさずに無断で家をすっぽかして、みんなに心配をかけさせるつもり?

 ――だってさ。

 仕方ないと忍び、母の怒りを反論せずに聴き入れた。

 ちなみに昨晩、家族みんなが寝静まった頃、私は摩怜まあれさんに電話をして、あの日、本当は待ち合わせ場所に行ってなかったことの謝罪と、昨日、教室を飛び出した私を追いかけてくれたことへの感謝を伝えた。摩怜さんは、あっさりと許してくれて、他にも私の悩みや、いろんなお話を聴いてくれた。最後に、「これからも、こすもちゃんで居てね」と言われて、電話は終了。

 摩怜さんの最後の言葉が、なんだか、すっごく嬉しかった。


 朝がきて、陰が隠れて陽が昇る。

 時間は止め処なく流れているし、空間は絶え間なく蠢いている。

 この世界は私の悩みなんて気にも留めずに、しずかに、恒久的に、今日も誰かを惑わしているに違いない。


 昨日のことは、まるで夢みたいで儚い記憶しか残っていない。

 なぜ駅前のベンチで眠っていたのか。

 なぐが言うには、私は熱中症で倒れてしまったらしい。その際、摩怜さんや部長さんが私を追いかけてくれたみたいで、でも、なんかいろいろあったらしくて、最終的に和が膝枕をして、私の目が覚めるまで見守っていてくれた。

 …………。

 いま考えてみても嘘のようだ。絶対に熱中症ではないし、それに和から聞かされた、私が倒れていた間に起きた話も、まるで御伽噺や寓話のようで現実味がないものだった。

 でも、だからって、そう疑ったところで、その理由が思い出されるわけでもなさそうだから、この際、熱中症でいいのかもしれないと思った。


 それにしても駅前で目覚めた後は、どうにも心が晴れやかで、いまに臆することがなくなって、この世界がわずかに明るく見えるようになった。


 あ、そうそう。パパの腕時計が、無残に壊されていた。

 いや、この表現は不適かも……。

 さすがに、あんなに悲惨な腕時計はつけられないので、お家に置いて行くことにする。

 それにもう、見て呉れだけの空疎な時計を身に着ける必要はなくなったから。

「いってきます……」

 机上の、腕時計に声をかけた。


 今日、学校へ行ったら、まずはクラスメイトに、とくに学級委員の彼女に謝らなければ……。そのことを考えると、怖いし、怯えちゃうし、億劫になって悲しくなりそうだけど、勇気を出して謝るんだ。きっと、大丈夫……。――だけどその前に、和と話して勇気をもらおう……。


 そんな風にいろんなことを考えながら、海実うみの髪を三つ編みに結っていく。

 天璃あまりちゃんは既に家を出ている。いってらっしゃい、を言いそびれた。

「おーい、はやくー」

 玄関では、身支度を終えた陸久りくが海実を待っている。

「はい、完成! お待たせ、うみ!」

「今日もありがとね、おねーちゃん! ――いってきます!」

 そう言って、海実がランドセルを背負い、溌剌と玄関へ向かう。

「いってらっしゃい」とは返すものの、小学生組の支度を終えれば、私も家を出る。ソファに置いた学校指定のリュックサックを持つと、リビングの明かりを消して玄関へ向かった。

 玄関の扉が開いた。海実と陸久が家を出る。

 ――と、「ねーちゃーん!」と陸久の叫び声が聞こえてきた。

 どうしたのだろう、と私は早足で玄関へ向かう。


「カレシと、ぶちょおーがいるぞぉー!」


「――あと、まーれさんも!」


 来客の名を聞いた私は、さらに足を急がせ、玄関へ到着。慌てて家を出て、鍵を閉める。

「ど、どうしたの、こんな朝早くに! それに、摩怜さん、お顔が……」

 玄関門の前には、和と部長さんと、それと顔中に絆創膏を張っている摩怜さんが立っていた。

 摩怜さんが、気まずそうに絆創膏の一部に触れながら、何かを言おうとしたときだった。


「――ぶちょおー! 今日も公園にしゅうごおーだからなあ!」


 陸久が、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、偉そうに部長さんへ遊びの約束を取りつける。

 部長さんは嫌な顔一つせず、むしろ優しい顔で。

「あぁ、もちろん。だけどその前に、勉強がんばるんだぞ」

「ああ! じゃあーな!」

 陸久が部長さんに手を振って、小学校のほうへ走りだす。


「あの、まーれさん、まーれさん。

 今日も、お話聴いてくれますか……?」


 と、今度は海実が、もじもじと照れ臭そうにしながら摩怜さんを誘う。

 摩怜さんが、ぱあっと、かわいい顔で笑って。

「う、うん! もちろん、だよ……! えっと、こ、今度はさ、あたしも一緒にこおり鬼するね……!」

「やったぁあああ! じゃあ、いっぱーいっ! 遊びましょうね! では――! 走っちゃあぶないよ、りくぅ~!」

 海実が摩怜さんに一礼をして、陸久を注意しながら通学路に着いた。

 部長さんと摩怜さんが、弟たちと知り合いだった事実に驚きを隠せないが、それよりも、なぜお悩み相談部の三人が私の家に寄ったのか、それが気になって仕方なかった。

「朝早くに、ごめんね。こすもさん」

 と、和が申し訳なさそうに言ってきた。

「ううん。べつにいいんだけど、それよりどうしたの?」

「えっと、渡したいものがあってね。学校で渡すと、また変に目立っちゃいそうだから……」

 和がぎこちなく言って、リュックサックから小さな紙袋を取りだした。

『KASIO』の文字がプリントされた、小洒落た紙袋。どこかで聞いたことあるようなブランド名。なんのブランドだっけ、と考えてみるが思い出せない。

「えっと、これ……というか、渡す前に謝りたいんだけど――」

 和が、腰を斜め45度に曲げて、頭を下げた。

「ごめんなさい。僕が、こすもさんの腕時計を、あんなボロボロにさせちゃったみたいです。

 それで、あの高そうな時計はさすがに弁償できそうにないので、代替品を買ってきました」

 和が、紙袋を突き出してきた。

「えぇ……、わざわざいいよ! それに、もともとあれは――!」

 受け取れない理由を言いかけた時、和がそれを遮って――。

「あのね。昨日、こすもさんと別れた後にヤドバシカメラへ行って買ったんだけど……。その……、こすもさんに似合いそうなものを選んでみたから、なにも言わずに受け取ってほしいな」

「あぁ、えっとぉ……。でも、ね……」

 既に買ってくれているのに、それを断ってしまうのは、どうなのだろう。

 そんなことより事実訂正のほうが先なのでは……?

 ――ていうか、本心はめちゃくちゃ嬉しいんだよ! 和からのプレゼントなんて、ニヤニヤ、ニマニマが止まらない! 実際、それを抑えるので精一杯だし!

「えっとぉ……、そのぉ……」

 困った私は、部長さんのほうを見た。

 部長さんは、意図を汲んだように、ふっと笑みを見せ――。

「きみの、思うがままをすればいいさ」

 その言葉に続いて、うんうん! と、摩怜さんが首を縦に大きく振った。

 そのおかげで、私は遠慮がちにも和の差しだす紙袋に手を伸ばすことができた。

「あ、ありがとう。それじゃあ、頂戴するね……」

 そう言って、和から紙袋を受け取った。

 ――と彼が、(いま、ここでつけてみてよ!)ときらきらの眼差しで訴えてくるので。

 私は、ごそごそ、と紙袋から腕時計が入っていると思われる箱を取りだす。すると、摩怜さんが「紙袋、持つよ」と言ってくれたので、それを預けて箱を開けてみた。

「あ……」

 そこにいたのは、小柄な腕時計。

 アナログとデジタルの両方を兼ね揃えたタイプ。

 ベルトは、紺色。時針や分針、アワーマークやガラス縁は、光沢のある黄色。そして文字盤は、紺色というか、青色というか――なんというか、宵の青空、みたいな色をしていて、昨日、私が目覚めたときに上空にあった、ふたりで見上げたあの空を思い出す。

「きれい……」

 私は、さっそく左手に腕時計をつけて、すこし恥ずかしいけど彼に見せてみる。

「ど、どお、かな……。似合ってる……?」

「うんうん! 似合ってる! よかったぁー」

 和が、ほぅと安堵の綻びを見せた。と思いきや、得意げな顔をして八重歯を見せた。

「やっぱり僕の眼に間違いはなかったみたいだね!」

「うん……」

 つい嬉しくて、ついつい身に着けた腕時計を眺めてしまう。

「えへへぇ……」

 こんなの、一生の宝物だよぉ……。

 この腕時計のおかげで、過去で立ち止まっているわけにはいかない理由が正式にできてしまった。

 和は平気でこういうことをしてくるから、ずるいんだ。

 だけど、こういうところが、すっごく好きなんだ……。

 和の隣にいると、暖炉の前にいるような温もりを得られるんだもん。

「――こすもさん」と、改まった和の声。

 私は顔を上げ、和を見る。


「ちゃんと時間は進んでいるでしょ?」


「…………!」

 和は腕時計のことに気づいていたみたい。彼の言い回しから、そんなことを思う。

「……うん。しっかりと動いていたみたい……」

「どうしようもなく、この世界も動くんだから――」


 和が、八重歯を見せるほどの喜色を浮かべて。


「学校に行こう、こすもさん!

 始まりに遅刻するといけないからね!」


「――――。

 ――うん!」


 ひとりじゃなかった。

 ちょっと遅めの高校デビューに友達づくり。

 そんな学校生活も悪くないかも、と少し思えた。

 止まっていた足を、一歩、一歩、また一歩と、前に歩み出してゆく。



 春は終わっちゃうけれど、青い空に希望を見つけた。



『 拝啓 ひなげしの花咲く頃となりました。

  憂悲ゆうひのためでなく、情愛がゆえに摘みとるのです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


この物語は、とある新人賞に応募し見事に木っ端みじんと化した作品です。しかし、どうしてもこの作品に対する心残りが大きかったものですから、大幅に、量を気にせず書きたいように書いて、完成し、それでフォルダの中に仕舞ってしまうのはもったいないなと思い、投稿させていただきました。


こんな評価されぬ陰にも隠れるこの作品をここまで読んでくれた方全員に心よりお礼申し上げます。

ありがとうございました。


また、これ以降の物語ですが、一旦中断させていただきます。今後の構想ははっきりと練られているものの、需要のない作品に未練がましく媚び続けるというのはどうも苦手で、さらには私自身の構成力、文章力等の未熟さにより、この物語を幼稚なままに完成させるのはこの物語に失礼なので(一人でも読みたいと思ってくれた方がおられるならば別ですが・・・)。

だからこそ、ここまで読んでくれた方に精一杯の感謝を。


長々グダグダとここまで書かせてもらいましたが、最後に、この物語をここまで読んでくれたみなさん、本当にありがとうございました!

あとひとつだけ、おまけのようでおまけではない話を投稿させてもらいます。

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