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幕間 -3

 幕間③ とび去れば




 休み時間、空人くうとなぐのクラスへやってきた。

親川おやかわくんたちのおかげで悩みが解決しました。ありがとう。それとこれ、電車の中に折り畳まれて落ちていたよ」

 と感謝とともに、不思議そうにしながら和のブレザーを手渡した。

「ああ……うん、ありがとう。よかったね、悩みが解決できて」

「うん。お悩み相談部に相談してよかった」

「ううん、僕らは何もできていないよ」

「そんなことないよ! あの日、相談に乗ってもらったおかげだよ」

「それは、狭間くん自身の勇気だと思う」

「そう、なのかな。それでも、本当にありがとう。――それじゃ、授業が始まるからこの辺で」

「……うん」

 空人が、スキップをしているかのような軽やかさで廊下を駆けていった。

「……ごめんね」




 さらに放課後、空人は、お悩み相談部を訪れていた。

 無事、悩みは解決しました。ありがとうございました。

 と――。

 空人が去ったお悩み相談部の部室にて、摩怜まあれが気まずそうに言葉を発する。

「その、あたし、なにもできなかった……」

「いや、ボクや和くんだって何もできなかったし、彼の悩みに答えられなかった……」

 一人美ひとみが、いつになく力なく言う。

「ボクらは何もしていないし、何も知らないんだよ。勇気は無条件に託された。与えられた。これが混沌派ないし、陰陽司のやっていることさ。彼らから言わせれば、今回の成り行きが正当な手段なんだ。しかし、まあ……、あれだね……」

 と引きつった、浮かばぬ笑みを浮かべた。

 摩怜は、一人美が陰陽司の話をしてくれた日のことを思い出す。

 一人美が言っていた。

裏無之ウラナシを倒せば悩みが強制的に消えて、勇気を手に入れられる』

『仮にボクら陰陽司が奴らを倒して得た勇気は、いったい誰のものなのか……』

『その人がその人の為に抱く悩みは至宝だよ。それを容易に消してしまう陰陽司ボクらは、罪だと思わない?』

 と――――。

 陰陽司や心のヤミを知ろうと、その途上にいる摩怜にでも分かる――一人美の伝えたかったことが。

 今回の悩みは誰のもので、誰の勇気が解決してくれたのだろう。

 何も分からなかったし、何も知れなかった。

 そうやって、ただ途惑うだけ。

 陰陽司のやっていることが本当に正解なのか、それとも間違っているのか。

 そして、心の陰陽や心のヤミを知らない人たちにとって、一人美や和が奮闘した物語――それこそ一人美の言う「第一部」の彼らの物語や、今回の空人のお悩み相談の真相は、普遍的な日常にある一部分としての、必然的なハッピーエンドを迎えた過去に過ぎない。

 それが良いことなのか、良くないことなのか――きっと第三者として第四の壁越しに眺める人々にとっては、どうでもいいくらいに断然良いことなのだろう。

 じゃあ、当事者もその過程を知れないというのは、良いことなのか――。

 摩怜は、それらの話を一人美から聴いただけで直接見てきたわけじゃない。彼らの「第一部」にて、一人美や和がどのようにしてあの関係性になるまでの絆を得たのか、当然、摩怜は知らないし知ることはできない。今回の空人の件だって、ふたりが州凶乃時腔ツキョウノジクウに巻き込まれ、あともう少しで悩みが解決できそうだったのに、そのほんの少しが間に合わなくて、駆けつけたときには既に陰陽司――笑星えぼしの力が行使され、強制的に悩みは解決。その時のふたりの悔しさなんて、摩怜の想像できるところではないだろう。

 もどかしい。この気持ちが、ただの自己不満にすぎないのだろう、と、そうやって答えが分かっているからこそ、実にもどかしかった。

 いったい、あたしは何をやっているのだろう……。

「…………」

 一人美が、不自然に黙り込む摩怜に気づく。

「まつ子、きみは入部したばかりなんだから、そんなに気負うなよ」

 と励ましてみるが、それが無駄だとすぐに悟る。

「あたしこそ……、本当に何もできなかったし、何も知らないまんま……」

 州凶乃時腔での物語は、その時腔から脱出した者だけが知る物語。とんでもない激闘や葛藤、勇気の末に州凶乃時腔が無くなったとしても、次に視るのは普遍的な日常で、目の前で行われる勇気のやり取りは、時腔で行われたドラマなど知る由もない必然的なハッピーエンド――この際、茶番劇といってもいい。

 もしもあの時、ひとみんやなぐ君が、あたしを連れ出してくれなかったら……。

「…………っ!」

 己の無力さや無知さが、すっごく嫌になった。

 摩怜は下を向き、両手をぎゅっと握り締めた。






「――ねぇなぐ、あんまり元気ない……?」

 宇宙こすもは、どこか遠くのほうを見ながら歩いている和に声をかけた。

 和は、すぐににこやかな表情を宇宙に向ける。

「ううん。ほら今日、初めての夜のバイトだからさ……たぶん、それで緊張しているんだと思う」

「そっか。その、ごめんね……」

「うん? なにが……?」

「いやほら、こんなことって、いいのかなあ……って思って……」

「ああ、気にしないで。僕の好きでやっているんだし」

「す、好きって……、……うん。ありがとう……」

 和と宇宙が、そんな会話をしながら歩いていると、前から、ふたりの生徒がやってくるのを見つけた。

「あ……、親川おやかわくん……」

 と、なんだか気恥ずかしそうに、気まずそうにする女子生徒。

 しかし、もうひとりの生徒――男子生徒が、和に近づいて頭を下げた。

「親川くん。改めてありがとう」

 空人くうとが、感謝を述べた。

「ううん……。お礼は一度してもらったから顔を上げて。それに僕たちは、ただそこに居ただけなんだしさ」

「でもほら、ぼくの辛さを知るために、あの満員電車に乗ってくれたって」

「ああ、うん。改めて狭間くんや、」

 和は、空人の隣の女子生徒へ目線を向けた。

「――空江そらえさんの辛さが分かったよ」

「あははは……意外とあの電車大変なんだよね……」

 なるが、苦笑した。

 和は目線を空人に戻して。「あの後、大丈夫だった?」

「あの後……?」

 和の問いかけに、空人は不思議そうな顔をする。が、すぐに察して。

「――ああ、電車を降りた後のことだね」

 そう言うと、どこか嬉しそうに、恥ずかしそうに隣のなるへと目線を移す。

()()さんが声をかけてくれて、それでお水をくれたから、なんとか無事だったよ。それに――あ、いや……」

「そっか、よかったね。僕らの代わりをありがとう、空江さん」

「ううん! そんな感謝されることじゃないよ! むしろ、わたしは、()()()くんが辛そうに登校しているのを知っていたのに、今まで知らんぷりしてたんだから……!

 ……でも、親川くんと話してからかな……。よく分かんないけどね、今日は声をかけようって勇気が溢れたんだよね――!」

「……そっか」

 仄かに、儚げに、口角を緩やかに上げる和。その後、宇宙へと顔を向けた。

「それじゃ、僕たちは邪魔になっちゃうから行こうか、こすもさん」

「え……? あー、うん。そうだね!」

 と、目の前のふたりを見やり、仄かに頬を赤く染める宇宙。

 すると、和の言葉を聞いたなるが、顔を真っ赤にさせて――、

「――ちょ、ちょっと、親川くん!? わ、わたしたちは、ただただ学校でおしゃべりしちゃって、しすぎちゃって、喉が渇いてお腹が空いたからファミレスに向かっているだけなんだけど!?」

 そんな長々しい言い訳をした。

「そっかそっか。仲が良いんだね、おふたりさんは」

 なるが、ぷくうと頬を膨らます。

「もおー! ――ほら行こう、くうとくん!」

「ああ、……うん。

 ――それでは親川くん、本当にありがとう!」

「……うん。ばいばい……」

 和が、力のない柔らかい表情で見送る。

 宇宙が、横を通り過ぎるふたりを見送っていると、ふたつの手が重なったのを見つけた。

「ねえ、和……」宇宙は背伸びをして、こそそっと和に囁く。「あのふたりって……」

「きっと、ね……。」

 和が、浮かんだ夕日の下にいるあのふたりを眺めて、ぱっと宇宙へ視線を戻すと――

「――僕らもあのふたりみたいな関係だって思われて、遠慮がなくなったんだと思う――!」

 和が悪戯っぽく、小悪魔っぽく、八重歯を見せて笑った。

「あ、あの、ふたりみたいな関係って…………、

 ――ってぇー! そ、そういうこと、だよねえ!?」

 なんだか急に、隣り合わせで歩くのが恥ずかしくなっちゃって。

「も、もぉー和ってばッ、ズレたことをぉーッ! ば、バイト頑張ってねッ! それじゃあねッ!」

 と、自棄やけになって告げると、一目散にあのふたりを追い越して帰っていった。

「え……?」

 …………。

 途端に、和はひとり取り残される。


「ここでお別れは、中途半端だよ……」


 かあかあ、と鳴きながら、薄い橙色と薄い紺色の交ざり合う空を――和の頭上を飛び去っていく烏へ語りかけるように言った。








 船で約一〇分のところにある、海湾に浮かぶ小さな島。

 そこにあるアイランドパーク。

 県内では行楽地として有名で、季節によって選り取り見取りの彩溢れた花々が咲いている。

 菜の花、桜、向日葵ひまわり秋桜コスモス、水仙。

 ここは、アスレチックが豊富でレストランもあって、一日ふたりで居ても飽きないことを知っている。

 花畑のすぐ近くには、芝の広場があって、カップルもピクニックをしている。

 わたしは、そこから眺める、海と空と離島に花畑、それに――輝いた景色が大好きだった。

 とくに、春になると花畑には無限に広がる、菜の花が咲き誇る。ひとつの人影を前にして、広大に咲くその様子は、なんか「絵画――!」って感じがして、すっごく好き。

 これは、そんな四月の中旬に結ばれた出来事。

 約一ヶ月ぶりにアイランドパークを訪れて、ふたりの好きな場所――芝の広場に来ていた。

 わたしは、菜の花と広大な自然と、それらと一緒に映る『彼』の姿を眺めていた。

 だけど、彼は、菜の花だけに夢中みたい。

 夢中に、菜の花畑を眺める彼の後ろ姿。

 かわいいなあ、と、つい見惚れてしまう。

 その一方で――。

「――むぅ……」

 情けなく妬いてみる。

 ちょっとはこっちを向いてくれてもいいじゃない。おしゃれして来たんだから、春の陽気に合わせてコーディネートしてきた、渾身のわたしの姿に惚れてくれてもいいじゃないか。

 もおー。

 すると、空から何者かが――――、

 …………。

 待ってみても今回はやってきてくれないみたいだから、被っていたお気に入りのクリーム色のマリンキャップを手に取って――、


「――えいっ!」


 彼に届けと こいに落として――



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