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-9- 春を告げる少女(1)

白上高校で起きたイジメ事件で在学中の2年生が退学処分、共犯していた2名は現在一時的に停学処分となっている。

 共犯2名に対しては処分待ちで、退学処分がかなり濃厚となっている。

 全校集会で名前が伏せられた状態で事実が公表され、保護者会で教師陣含めて教育委員会の人達が一斉に謝罪と再発防止を約束。

 事件から1ヵ月経った今、村川は保健室登校ではあるが学校に少しずつこれている。

 別件で紛失物事件を起こしていた島崎は1週間の校内清掃ののち、村川と一緒に保健室で特別に授業を受けている。

 時々詩音にメッセージが来るが..2人が再び仲良くやれている事に笑顔を浮かべるのであった。


「明日からゴールデンウイークだよね、詩音?」


校舎の隙間から夕日が差し込む屋外で自販機でジュースを買ってもらったアスタはとても嬉しそうにしていたが、ふと思い出して詩音に尋ねる。


「そうだな...なんか樹が旅館の宿泊券もらってらしいから、2泊3日で行ってくる」

「いいなー私も温泉入りたいよ」

「お土産買ってくるから」

「絶対だよ!木彫りクマとか!」


最近アスタとゆっくり話す時間が増えて、彼女のことを少しずつ分かってきたが...

 どうしようもなく子供っぽいと感じる瞬間が多い。

 貰っても飾るところないだろうと呆れる詩音は空き缶をゴミ箱に入れた。


「じゃあゴールデンウイーク明けにまた」

「気を付けてね。丑三つ時には寝ないとダメだよ!」


心配するアスタに詩音は手を振って学校を後にする。

 実をいうと彼女に言えないまま悩んでいることがあ。

 それは――スーパーによって自宅に帰る途中...まさに起きてしまった。


「...」


詩音が来た道を振り返ると、夕日に照らされた自分の長い影が伸びているだけ。

 静かな住宅街にカラスの声が鳴り響き、後ろには人の姿はない。

 それでも――詩音はずっと誰かの視線を感じている。


「(幽霊かどうか分からないな)」


アスタと過ごして分かってきたのは、幽霊には気配がない。

 いくら近くても見えていても、人が傍にいる時のような表現出来ない存在を感じとることが出来ない。

 だが、悪霊の呼ばれるものたちは不思議と近づく前から感じとることが出来る。

 今こうして気配を感じて、視線まで感じ取れるということは悪霊の可能性がある。

 詩音はポケットに入れた水月神社のお守りを握りしめて帰路を急いだ。


※※※


「ただいまー」


家に帰ってリビングに向かうと、樹が先に帰っているのか話し声が聞こえた。

 袋を持ったままリビングに入ると、食卓には豪華な料理が並べられており、テレビの前で電話していた樹は詩音に気づくと手早く電話を終えた。


「お帰り」

「料理作ったのか?」

「まあ...これはちょっとね」


言葉を濁しつつも食卓に座って手を合わせる樹。

 話したくない事があると決まってこうたぶらかすことを知っている詩音は、それ以上言及せず食卓に座る。


「明日の準備終わってる?」

「ああ、だいたい終わってる」

「朝早めに出るから今日は早く寝なさいよ」

「分かった。樹も運転するんだから早く休めよ...」

「はいはい」


明日の旅行について話つつ、食事を終えた詩音は食器を片付けて自分の部屋に戻る。

 料理の味付けはどこか懐かしいものを感じた。もしかしたら自分が知っている人が作った?

 樹に聞いても絶対教えてくれるはずはないので、気にしないようにしながらベッドに体重預けた。


※※※


アラームの音が鳴り響く。

 アラームは朝6時30分にセットしたはずと思いつつ、携帯を手に取ると時刻は6時30分を少し過ぎていた。


「あのまま寝たのか...」


特に疲れていたわけではなかった気がするが、ベッドに横になったらそのまま寝てしまったらしい。

 体を起こしてベットの端に座ると..ふと頬を伝って流れる何かを感じる。


「...?」


泣いてるいる?訳も分からずしばらくボーっとしていると、脳裏に一つだけ浮かぶ言葉がある。


「また明日...」


それはいつのことだろうか、いつか自分が誰かに向けた言葉のような気がした。

 記憶を失くす前の自分が誰かに挨拶をした?

 誰に向けた言葉なのかは分からず、言葉だけが今ふと浮かんできた。

 忘れてしまった遠い過去の先...その先にいる誰かは待っているのだろうか?


『詩音ー起きてる?』


ボーっと考えていると、1階で準備を終えたであろう樹の声が響いた。


「今いく」


樹に返事をしつつ立ち上がると、いつも離さず持っていた水月神社のお守りがベットに落ちた。

 詩音はそれをそっと拾って手に取ると、お守りは微かに光っているような気がした。


※※※


車で約4時間...緑生い茂る場所に滞在する旅館は佇んでいた。

 まるで映画のワンシーンに迷い込んだような歴史ある旅館は、創業110年を迎えた名店。

 旅館の中に入ると、従業員の一人が詩音と樹を出迎えた。


「ようこそ」

「予約してた坂本です。部屋に荷物だけ先に置きたいんですが」

「かしこまりました。予約を確認致します」


従業員はフロントに向かって予約の名前を伝えた。

 その間詩音と樹は近くにあるお土産コーナーを見ていたのだが――中々呼ばれず、不思議に思った樹がフロントに向かった。


「予約ありました?」

「申し訳ございません坂本様、予約は間違いなく取れとおりましたが...システムの不具合でお連れ様のお部屋に別の予約が入っておりまして...」

「あーー」


樹は何とかこの旅館が使用しているシステムが古いということを理解していたため、予約が被ってしまったことについてもさほど驚いていない様子だった。


「空きがある別の部屋か私と同じ部屋でもいいですよ」

「ありがとうございます...部屋は空いておりますが...その...」


従業員は詩音の方を見て、少し不安そうに説明する。

 今から約5年前、旅館を訪れた少女がその部屋で亡くなったとのこと。

 事件とかではなく、少女は病弱で旅館に来る2週間前に余命宣告されており、病院から一度も外に出たことが無い少女のため家族は人生最初で最後の旅行をした。

 朝方、少女の容態が急変し救急車が到着する前に亡くなったとのこと。

 とても穏やかな表情で家族に感謝を告げていた少女...旅館としては事件でも何でもなく少女の最後の旅の地ということで光栄に思っているが、訪れる人全てが理解できることではない。


「常に空室にしている場所ですが...お客様の同意があれば案内するようになっているんです」

「...詩音どうする?」


話を聞いた樹は詩音を見つめた。

 予約していたのはこの旅館で一番豪華な客室、滅多に予約の取れない特別な部屋。

 だが、樹は詩音の答えを既に知っていた。


「その部屋でいいですよ。お願いします」

「遊びにきてもいいよ。詩音」

「いかないよ。別に寝るだけなんだから、布団さえちゃんとあればどこでもいいよ」


詩音の答えを少し嬉しそうな樹、従業員は2人に深々とお礼をして部屋に案内した。


「荷物おいたら玄関に来てね」

「了解、温泉街先に回るんだっけ」

「うん、買いたいものもあるから早く来てね」


樹と別れた詩音は和室に案内された。

 こじんまりとした和室と窓からは近くの温泉街が一望できる素敵な光景。


「それではごゆっくり」


従業員が居なくなると、詩音は荷物を置いて貴重品だけを持った。

 部屋は静か...幽霊が出るかもしれない可能性は高いので、押し入れなども確認しつつ一応安全確認をする。


「まあ、気配とかないから分からないげと...」


目視でしか確認手段がない幽霊...従業員の話によると、少女は最後に家族に感謝言って別れをしっかり告げていた。 

 どんな人がどんな思いで幽霊になるのかは分からないが...自分とはかけ離れた人生を過ごし終えた少女の気持ちを理解することなんて出来ない。


「...」


詩音は朝ごはんにと買っていたクリームパンを持って窓際に置いて手を合わせた。


「お供え物しては寂しいかもだけど...成仏してくれ」


手を合わせて黙祷した詩音はそのまま部屋を後にした。

 数分後...誰も居ないはずの部屋に一人の少女が入ってくる。

 茶色髪にウサギのヘアピン、白すぎる肌と患者服を着た少女は窓際に置いてあるクリームパンに気が付く。


「誰かお供え物してくれたのかな?」


少女はそのクリームパンに手を伸ばそうとするも、掴めないことを知っているため大きくため息をつく。

 すると、少女の服に隠れていたリスがクリームパンを取って少女に差し出す。


「ありがとうトドキチさん。でも私は...」


リスにお礼をいいつつクリームパンに手を伸ばした少女は、そのパンが掴めたことに驚いた。

 今までお供え物して置いてあったものでも掴めたのもは無かった...少女は無意識にパンを何でも触って感触を確かめる。


「なんで...今までこんなこと無かったのに」


少女は周りを見渡して見慣れない荷物が置いてあることに気づいた。

 恐る恐る荷物に触れると、少女の手をすり抜けることなくカバンの質感を確認できた。


「トドキチさん、この人の匂い追える?」


リスは少女の言葉を理解したように詩音の荷物を嗅ぐと軽く鳴き声を上げる。

 少女はリスを抱きかかえ窓の外に飛び出した。

 その体はフワッと浮き上がり空を自由に飛んでいった。

 少女は今から楽しい旅行にいくかのように、眩しい程の笑顔を咲かせていた。

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