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-8- 紛失物事件(完)

放課後、アスタと待ち合わせた詩音は一つの提案をした。

 その提案を全て聞いたアスタはゆっくりと詩音を見つめて答える。


「本気?」


詩音の作戦はあまり褒められたようなものではなかった。

 だが、確かに今の状況を打破できる手段ではある。


「このままじゃあ島崎先輩は紛失物事件の犯人として捕まって、村川先輩は不登校...山西先輩の一人勝ちだ」

「確かにそうだけど...でも今の作戦実行したら詩音が――」

「確かに普通だったらリスクは高かったな」


イジメの証拠を集める中で浮上した偶然の産物...山西が村川を嫌う本当の理由...

 理由のないイジメには間違いないが、その根底にある感情には理由がある。

 その理由を噂として広める...それが今回詩音が打ち出した打開策である。

 詩音が実行すれば足がつく...それでは彼立場まで危うくなってしまうことをアスタは危惧していたが――


「人がする事は絶対足がつくが、幽霊はそうじゃあないだろう?」


噂は着火剤に過ぎない。

 山西はもう既に燃え上がるほどの燃料をその身に抱えている。

 詩音はアスタに作戦を託し、固く拳を握り締めた。


※※※


次の日、教室に入った詩音はクラスが少しざわついていることに気づいた。

 動き始めた...そう考えつつ席に座ると、隣の席にいた陽菜が項垂れていることに気が付く。


「どうしたんだ陽菜」


教科書を取り出しつつ彼女に視線を向ける詩音だが、近くでは皐月が慰めるように陽菜の髪をくしでといでいた。


「今日テニス部の方針でゴールデンウィークの試合に陽菜が出ることになったんです」

「1年が試合に出るのって夏の大会だけじゃあなかったっけ?」


白上高校テニス部は全国規模でみてもかなり上位に入る。

 その中で試合に出れる人も限られるため、入りたての1年生は枠の都合上夏の大会がデビュー戦となることが多い。


「その予定だったのですが...出場予定の2年生の先輩が怪我で出場できなくなったので」

「2年生の代わりに出れるなんて陽菜が実力が認められているってことじゃあないか」

「ゴールデンウイークのぷにぷにウサギイベント行きたかったのに...」


陽菜が最近ハマっているキャラクターグッズの名前を出しながら悔しがる。

 大会に出ること自体は嬉しいが、楽しみにしていたイベントに行けないことはかなり悔しい模様。

 半分ほど大会に興味がない気もするため、皐月が必死になだめているというと理解した詩音は、そっと彼女に近づいた。


「陽菜の高校デビュー戦じゃあないか、また新聞に載るかもしれないな。楽しみにしてるぞ」

「うーーーー頑張る....」


悔しさは少し残っているが、何だかだ切り替えることは上手な陽菜のことを知っている皐月と詩音は笑顔を浮かべた。

 その中でもざわつくクラスの中で詩音はその単語を聞き逃さなかった。


『山西先輩って――』


昨日から始まった計画は予想以上に上手くいっている...噂は想像以上に回っている様子だった。


「詩音?」


クラスの話し声に耳を傾けていた詩音の鋭い表情を心配した陽菜が彼の袖を引っ張って声をかける。

 ふと我に返った詩音は自分の顔を触り表情を隠し陽菜を見つめた。


「ごめん、ちょっとボーっとしてた」

「大丈夫?最近ちょっと疲れているみたいだし」

「学校にまだ慣れてないかもな、まあ大丈夫だ」

「紛失物事件とか色々ありますし...入学早々物騒ですよね...」

「なんか幽霊の仕業らしいよ!噂で聞いた!!」


紛失物の噂は意外な方法に進んでいることを知りつつ、詩音は笑顔を浮かべた。

 しばらくはいい方向に向かうように神頼みするしかない...そう思いながらポケットにあるお守りを軽く握りしめた。


※※※


噂を広めはじめて数日、最初に広めた噂は山西が付き合っていた人との別れ話。

 3年の先輩と付き合っていたらしいが、山西の性格の悪さに気づいた彼の方から振ったとのこと。

 それが露見する事件となったのが、島崎と村川話...教室での失禁のことを笑い話のように彼氏に話したことがきっかけになったらしいので、完全なる自業自得。

 彼氏の方は人伝で経緯を知っていたため、余計に印象は最悪だっただろう。


「作戦は分かったけど...ホントにそれでどうにかなるの?」


噂が広まり始めた頃、作戦を説明するために呼び出した島崎はかなり不安そうにそう告げた。

 詩音の作成は、山西が抱えている燃料を噂という着火剤で燃やして自滅させる作戦。

 その過程で報復に走ろうとするなら、それを止めるということ。

 止める手段はアスタと2人だけで共有しているが、島崎は詩音のオカルト的な力を信じているため、納得させることはそう難しくなかった。


「作戦の成功は保証します。でも、島崎先輩には紛失物事件の犯人としてちゃんと自首してもらうことになります」

「それは..別にいいけど。上手くいくのか心配で...」


心配を口にするわりには、作戦自体を強く拒んだりはしていない。

 事実、噂の足が速く島崎も既に噂を耳にする程に校内で広まっている。

 山西の今までの行動が表に出れば、詩音たちが何かしなくてもイジメは大きく表に出ることとなる。

 誰かが通報するまでもない、今まで傍観していた人達全員が山西を追い詰める鍵となる。


「俺も心配性なので...もう手はうってるんですよね」

「どういうこと?」

「今日、山西先輩携帯の調子が悪いって言ってませんでした?明日になればわかりますよ」


心配そうな島崎に対して、詩音はそう告げるとカバンを持って空き教室を出る。

 島崎は今日の午後のことを思い出しながら廊下を歩く。

 同じ教室の山西が携帯の調子が悪い...電波が上手く入らないと言っていたのは確かだった。


「これだから幽霊とか怖いのよ...」


島崎は肩を震わせながら帰路につく。

 この計画においては山西が報復行動として写真をバラすタイミングが分からないという問題が発生する。

 噂を追跡することは出来なくても、山西本人の判断で広めた犯人を島崎、村川に絞ることはされるだろう。

 その行動によって報復行動に出る可能性は0ではない...なら、噂が広まった段階で写真を消せばいいと詩音は考えた。

 普通なら簡単には出来ない手段...それをアスタと一緒なら可能にさせた方法がある。

 時間は噂を広める前に遡る..この危険性を考慮した詩音は思いっきってアスタに写真を消す方法を伝えた。


「や、山西さんの携帯を壊す?!」

「今時携帯以外でデータを保管する方法なんていくらでもある。でも山西が携帯以外に写真を保管しているような慎重な性格だとは思えない」

「理屈は分かったけど...携帯ってそんな簡単に壊れるものなの?私が持って高いところから落とすとか?」

人気(ひとけ)の塊みたいな携帯を持つのは危険だろう?それに突然携帯が無くなって高いところから落とされて壊れたなんて説明つかないし」


そう説明しながら詩音はカバンからあるものを取り出した。

 それは板のプラスチック製の下敷き...詩音はそれを自分の腕にしばらく擦り付けると、そのままアスタの手を掴んだ。


「わっ?!」


パチッと静電気が走り、アスタは突然のことにびっくりして空中に浮いた。

 その現象をみた詩音は安心したようにほっとすると、クリアフィルをアスタに渡した。


「アスタもやってみて」

「急になに...静電気走るの決まってるじゃん」

「アスタがやって俺にも静電気が出るかどうか確認しないといけないんだ」

「ええ...」


話が分からないアスタだったが、詩音の真剣な瞳に圧倒され下敷きを腕に擦り付ける。

 しばらくして恐る恐る詩音の手に触れると、パッチっと静電気が走りアスタはとても嫌そうに下敷きを返した。


「これが携帯壊すのとなんの関係があるの?」

「忘れがちだけど、これ(スマホ)は精密機械なんだ。衝撃にも弱いし、水にも弱いし...何より電気に弱い」

「静電気ぐらいじゃあ壊れないよ...ケースとかあるし」

「確かにケースの素材にもよるし、普通なら静電気ぐらいじゃあ壊れない。でも長い時間静電気を与え続けたらそうとは限らないだろう?」


実際、スマホが静電気で壊れたという事例は存在している。

 簡単には壊れないが、詩音の言葉どおり長い時間静電気を与えられると動作不良を起こし、内部の精密機器が異常を起こす。

 この方法なら原因不明の故障となり、アスタは携帯に触れる時間を最小限に抑えて携帯を壊すことが出来る。


「なんか...すごく陰湿だね」

「せめて地味って言ってくれ..人の物を壊すのは確かに間違っているけど」


詩音は今までと違う覚悟した表情でアスタに手を差し伸べる。


「それでも島崎先輩と村川先輩を助ける。俺はもう迷わない」


紛失物事件から始まったこの事件...詩音はずっと自分の行動に迷っていた。

 だが、もう迷ったりしない...どんなリスクがあってもやり遂げると覚悟を決めていた。


「分かった。携帯壊れるぐらいの復讐はしてもいいよね!」


こうして、作戦通りアスタは山西の携帯に静電気を浴びせ続けた。

 噂の流れ具合も完璧...こうして概ね計画通りに進んだ頃――決定打が下された。


「はーい、座れちょっと今日の朝礼は長くなるぞ」


詩音のクラスの担任が分厚いプリンの束を持って入ってくると、全員にプリンを配ってアンケートが始まった。

 題目はイジメに対するアンケート調査...ついに山西のイジメが教師陣にも知られることとなった。

 アンケート調査項目は細かく、前方には担任、後ろには副担任が居て誰かの回答を見れないようにしていた。


「記入時間は少し長めにとるから正直に書いてほしい」


恐らく全校生徒を対象にしたアンケート調査...記入後にはイジメに対しての授業が開始され、イジメた側がどうなるか、イジメられた側がとうなるかを事細かに説明した。

 2時間目まで使って行われた特別授業が終わると、クラスは噂で持ち切り状態。

 山西が停学になったなどの噂が飛び交う中、陽菜が大急ぎで詩音の机に近づく。


「詩音は大丈夫?!」

「なんの話...?」

「詩音...私たち以外と話してるところみたことないから...その...」


ストレートに友達の少なさをディスられた詩音はガクッと肩を落としながらも、陽菜を見つめた。


「話す機会は確かに少ないけど、別に拒絶されてるわけではないぞ」


1年生のアイドル的存在の陽菜と仲良しってだけで目の敵にされている感じはあるが..そのことは伏せて話すと陽菜は安心したように笑った。


「よかった。最近よくない噂聞くから」

「山西先輩のことだろう、流石に俺も知ってる」

「うん、なんか色々問題になってるみたいで...今日朝部活でも先輩たちが噂してたよ」


山西は元テニス部、本性を知っている先輩たちにとってはやっぱりみたいな感じだろう。


「紛失物事件の事も少し噂になってましたね..犯人が名乗り出たって」


皐月も心配そうに耳にした噂を伝える。

 その言葉を聞いて、詩音は島崎が名乗り出たと確信した。


「よかったーこれで安心してカバン置いておけるよ」

「貴重品は変わらず持った方がいいと思うけどな...」

「えー...いいよ20円しか入ってないし」


何故財布にそれしか入っていないのか謎に思う詩音だったが、事件が大きく解決に向かっていることは直に嬉しかった。


※※※


放課後、アスタと待ち合わせしていた場所に向かうと――そこには廊下の掃除をしている島崎が見えた。


「島崎先輩?」


詩音が声をかけると、島崎は手を止め笑った。


「約束通り名乗り出たよ。色々事情も説明したらイジメのことも色々分かってこんな感じ」

「そうですか...村川先輩は?」

「家庭訪問で事情を聞かれるとは聞いたけど、詳しいことはまだ分からないかな。私は一応罰として1週間ぐらい校内清掃」


島崎の行動自体は教師陣にも理解されたが、形式上の罰といった印象だった。

 少し安堵した詩音に対して、島崎は少し顔を青くしながら質問する。


「そういえば...山西の携帯どうやって壊したの?」

「なんのことですか?」

「とぼけないでよ..山西の携帯あのあと壊れて使えなくなったって聞いたんだから」

「まあ、色々あるんです」


詩音は質問を回避しながらほうきを取って清掃を開始した。


「俺も手伝います、加担したわけですし」

「確かに、共犯だよね」


島崎が笑う姿は、前より少し明るく見えた気がした。

 2人で廊下の清掃をしている姿をコッソリと見守るアスタは涙ぐみながら笑顔を見せた。


「ありがとう...詩音」


アスタの涙が一粒、床に落ちると彼女の足に繋がっていた黒い枷は少しだけ色を失くした。




色々煮詰まって前に進まなくなったので

一旦駆け足でも区切り的な感じで書いてみました。

反省点が色々見えるので、噛みしめつつ次に章を書ければと思います。


次回

春を告げる少女

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