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真実の愛バンザイ!

作者: 時任雪緒

「ミュゼット、君を罪人に仕立てあげてから婚約破棄したいんだが、君はどう思う?」


突然の問いかけに、私、ミュゼット・ローレン伯爵令嬢は、紅茶を吹き出しかけた。


私は第3王子である、アーホン殿下と婚約している。特に政略結婚という訳でもなく、たまたま母がアーホン殿下の乳母だったから、幼なじみ同士で仲が良く、私ならアーホン殿下を支えていける、いやミュゼット以外無理では?というわけで、結ばれた婚約である。


アーホン殿下はなんというかこう、とても……なんというかアレなお方なので、正直大変だ。

頑張り屋さんなのだが、イマイチ成績は振るわず、頑張り屋さんなのだが、運動神経ゼロで剣も振るえず。

本人も自分の資質は自覚しているものの、教師から兄殿下や私と比較されて、落ち込むこともしばしば。

でも、とても素直な方なので、励まして慰めて、一緒に頑張ろうと声を掛けると、涙目になりながらも、「頑張る」と頷く。

そういう方なので、困る事もあるけれど、放っておけないのだ。


だと言うのに、人の気も知らないで、また婚約破棄の相談だ。そう、これが初めてではない。通算6回目だ。そして、必ず私に相談してくれる。何故。


しかし、今回は穏やかではない。何しろ私を罪人に仕立て上げるというのだ。

それを私に相談するのも、本当に何故。


「ええと、殿下。今度はまた、何故そのような事になったのです?私になにか、至らぬ所がありましたか?」

「全然ない」


即座に全否定で、私を全肯定してくれる、殿下の曇りなきまなこ。嘘ではないのはわかるけど、つい浮気しちゃうのは本当に困る。


「では、何があったのです?」

「うん、実は……真実の愛に出会ってしまったんだ」


おや、今回はいつもと違うようだ。いつもは相手に言い寄られ、断りきれずにと言うのが、これまでのパターンだった。


アーホン殿下は、自分の資質をちゃんと理解しておられる。ホントに悲しくなるくらい理解しておられる。

だから、自分は役立たずで、何も出来ないと思っている。本当はとてもお優しい方なので、頑張って国のために働きたいと思っているが、自分は役に立てないと悲観しているのだ。

だから、自分が役に立てそうだと思うと、つい張り切ってしまう。それ自体は良い事なのだが、その良心に付け込まれ言い寄られ、まんまと浮気したり、犯罪の片棒を担がされてしまうのである。

アーホン殿下は本当に善良な方なのに、アホなばかりに騙されてばかりで、本当に嘆かわしい。事件が解決する度に、心に傷を増やして塞ぎ込む殿下を見るのも悲しい。


なので、いつもは「浮気相手がミュゼットと婚約破棄しろと言うのだけど、そうした方がいいのかな?」と言う相談だった。

でも今回は、アーホン殿下の意思で、そうしたいと考えたようだ。


「まぁ……私と殿下の婚約は、政略結婚ではないので、私と別れてお相手と結ばれても構わないとは思います」

「そう?」

「はい。ただ、流石に殿下は王族ですので、平民では国王陛下はお許しにならないと思います」

「身分に関しては問題ない」

「それならようございますね」


アーホン殿下はホッとしたように微笑んだ。まぁ嬉しそうにしちゃって。ちょっと寂しいけれど、アーホン殿下が幸せそうなので良いだろう。


「ただ、婚約破棄は構わないのですが、私を罪人に仕立てる必要があるのですか?」


私にとって、殿下は手のかかるアホ可愛い弟みたいなものだ。大切だし愛情もあるけど、恋愛感情は多分ない。殿下が好きな人と幸せになるなら応援するし、殿下も多分それは分かってると思う。

わざわざ私を罪人に仕立てて、婚約破棄なんて面倒な事は必要ない。今のように相談してくれたら、それで解決。

殿下もそれは理解しているので、首を傾げている。


「正直僕もよくわからない。ミュゼットを罪人に仕立て上げることで、婚約破棄の理由になるから、父上も納得するだろうって。でも、父上は分からないけど、ミュゼットはそんな事しなくても、わかってくれるよね?」

「ええ、もちろんですわ。でも、殿下のお考えではないということなら、お相手の方の?」

「そうなんだ。そうしないと、ミュゼットは別れてくれないって言うんだ」

「そんな事ありませんのに……」

「やっぱり、そうだよね?」


殿下と2人で首を捻るも、2人で考えたって浮気相手の気持ちはわからない。

とりあえず、不穏な企みをする浮気相手の事が気になる。殿下にお相手の事を尋ねてみた。


殿下は美術鑑賞が趣味で、美術館や画廊、芸術劇場や同志のサロンやパーティなんかにはよく行く。今回のお相手とは、その美術系パーティで出会ったようだ。


「目が合った瞬間、僕の心に春風が吹き抜けていったんだ……」


頬を染める殿下。おお、殿下が恋をしている!釣られてドキドキワクワクしながら、続きを聞く。ちなみに恋する殿下は詩人かと思うくらいの語彙力で語り始める。


緩い茶髪の巻き髪に、黒い瞳の、背の低いご令嬢。パッと見地味そうだが、とても可愛らしくて可憐で、あたふたしながら挨拶する姿が愛らしい。

そんな彼女の名前はペネロペ・グラス男爵令嬢。

一目惚れしたアーホン殿下は、積極的に彼女に話しかけて、次の約束も取り付けた。最初は戸惑っていたそうだが、段々心を開いてくれるようになって、ついには殿下に思いを返してくれた。


その頃から、彼女は不安そうにする事が増えた。

「婚約者様と結婚されても、どうか私を捨てないで下さい」

そう言って泣いた。そんな事はしない、ミュゼットはわかってくれるから大丈夫だと、言い聞かせて慰めた。それでも不安は拭えないようで、彼女はとうとう、自分を選んで欲しいと言った。

殿下は、その言葉に覚悟を決めて頷いた。


「ミュゼットなら、話せばきっとわかってくれるから、大丈夫」

「そんなはずありません。長い間婚約者で、殿下の事をとても大切にされていると聞きました」

「確かにそうだけど……」

「私だったら、愛する婚約者を奪われるなんて耐えられない。絶対別れてくれません」

「そうなのかな……」

「そうに決まっています」

「そっか……」


言いくるめられた殿下は、ではどのように話し合いしたらいいかと考え始めたが、彼女が意を決した表情で言った。


「殿下、婚約者様に、婚約破棄の事を伝えてください」

「もちろんそのつもりだよ」

「私と愛し合っているのだって」

「ちゃんと話すよ」

「でも、それでもわかってくれなかったら、婚約者様が私をいじめたことにして、婚約破棄を突きつけて下さい」

「ミュゼットはそんな事しないよ?」

「わかってます。でも、そうでもしないと、殿下はミュゼット様から離れられないではありませんか」

「……」

「いつもいつも、ミュゼットミュゼットって……」

「……わかったよ」


何もわかっていない殿下は、その話を丸ごと相談しに来たというわけだ。

これは流石に、グラス男爵令嬢に同情してしまう。殿下の事だから、ミュゼットがこんな話してたとか、ミュゼットに怒られたとか、ミュゼットミュゼット言っていたんだろう。

そりゃあ彼女が不安になるわけだ。それで追い詰められた結果が、私を罪人に仕立て上げるという物騒な提案になって噴出したんだろう。

彼女にとっては、私は間違いなく憎らしい恋敵のはずだから、私に敵意を向けるのも理解出来るし、このアホ殿下のせいで同情もする。


「なるほど、お話はわかりました」

「どうしたらいいかな?」

「まずは、速やかに婚約を破棄しましょう」

「父上はわかってくれるかな?」

「恐らく問題ないと思いますが」

「僕一人で説得出来る気がしないから、ミュゼットも着いてきてくれる?」

「仕方がありませんね、いいですよ」

「良かった」


陛下に連絡を取ると、夕方に会ってくれるとの事。まだお昼過ぎなので、その間に私は父に婚約破棄の話をしに行く。

ちなみに我家は代々王城に勤めている。母は王太子殿下とアーホン殿下の乳母を勤め、父は侍従長だ。兄は王太子殿下の侍従だ。

私も母と登城していたので、お城で育ったようなものだ。勝手知ったる城の中を進み、父の執務室へ。


「父上、お仕事中に申し訳ないのですが、お時間をいただけませんか?」

「少し待ってくれ。そこに掛けて待ちなさい」

「はい」


勝手にお茶をいれてソファで待つことしばらく。書類仕事がひと段落した父もソファに座った。


「それで?」

「アーホン殿下と婚約破棄をしようと言うことになりました」

「またか……、いや、しようということになった?」

「はい。殿下との話し合いの結果」

「今回は騙された訳では無いのか」

「そのようです」

「相手は?」

「ペネロペ・グラス男爵令嬢です」

「グラス男爵……あぁ、確か彫刻家の」


父はふむふむと考え込む。彫刻家であるグラス男爵が、変な野心を持つとは思えないので、この点はクリア。

アーホン殿下は騙されやすいので、変に野心のある高位貴族に唆されないように、との思惑もあって、ガッツリ王家派で伯爵家のウチと結ばれた背景もある。だから男爵令嬢であることは問題にはならない。この点もクリア。


「そのグラス男爵令嬢が、王子妃に妙な夢を持っていなければいいがな」

「どうでしょう。殿下に聞く限りは、ただ好きあっているだけに思えますが。何しろ殿下の主観ですからね」

「心配だなぁ。それに、破棄はないだろう破棄は。せめて解消、出来れば白紙に持っていきたい。最後の最後でミュゼットが泥を被る必要はない」

「あら、確かに」

「お前は殿下に振り回されるのに慣れすぎだ……」

「あら、ほほほ……」


とりあえず白紙の方向で陛下に相談してみて、グラス男爵令嬢とアーホン殿下が婚約するかは、グラス男爵令嬢の事を調べてからということにした。


夕刻。国王陛下と王妃陛下、アーホン殿下と私と父で話し合いだ。

一通り話をすると、国王陛下はしばし黙り込んだ。ちなみに全部私が説明した。下手に口を挟むと、怒られるのがわかっているアーホン殿下は黙っている。

黙考していた国王陛下が、私を見た。


「ミュゼットはそれで良いのか?」

「ええ。殿下とグラス男爵令嬢が、真に愛し合っていると言うのなら、私は身を引きますわ」

「……わかった。だが」


国王陛下がアーホン殿下に視線を移すと、アーホン殿下はビクッとしてオドオドし始める。もう、しっかりして。


「婚約破棄はしない。白紙とする。そして、それはグラス男爵令嬢の調査が済んでからだ。良いな?」

「はい」


グラス男爵令嬢の人となりを調査して、問題なければ白紙。一応アーホン殿下の不貞が原因なので、アーホン殿下の資産から私に慰謝料が支払われることになる。

それが済んでから、アーホン殿下とグラス男爵令嬢の婚約を認めるということになった。

白紙撤回後の私の今後については、国王陛下と王妃陛下がバックアップしてくれるとのことなので安心だ。


そして調査の結果、特に問題ないという事になり、私と殿下の婚約は白紙撤回。慰謝料も即日支払われて、殿下はめでたくグラス男爵令嬢と婚約出来た。


「本当に良かったですわね」

「うん。ミュゼットありがとう」

「ありがとうございます……」


私と殿下とグラス男爵令嬢でお茶会。グラス男爵令嬢は居心地悪そうだが、ちょっと我慢してもらう。

今日はちゃんと誤解を解いておきたいし、アーホン殿下の取り扱いについても説明しなきゃいけない。


「グラス男爵令嬢」

「は、はい」

「アーホン殿下と出会って、愛してくださってありがとうございます」

「え……」


予想外だったんだろう、グラス男爵令嬢は目を丸くして私を見つめた。その表情が少し愉快で、ニコリと微笑みかけた。


「私と殿下は、赤ちゃんの頃から共に育ちました。実の姉弟のように、誰よりも時間を過ごしてきたと思います」

「はい……」

「ですから、殿下の事はとても大切なのですけれど、どうも弟のようにしか思えなくて」

「弟……」

「ええ。殿下もそうでしょう?」

「そうだね。ミュゼットは実の兄よりも、余程僕の姉だね」


グラス男爵令嬢は、ぱちくりと瞬きを繰り返した。


「えっと」

「つまりね、私は殿下が大切だし愛しているけれど、それは家族愛なのです。だから、貴女が心配する事など、何もないのですよ」

「そう、なんですか?」


問いかけられた殿下も笑って頷く。


「うん。罪人に仕立てあげて婚約破棄したいって相談した時も、すぐにわかってくれたよ」


その言葉に、グラス男爵令嬢は真っ青になる。そりゃそうだ。そして私を見て震え出した。


「あの、私、ごめんなさい」

「いいんですよ。話を聞いてみれば、半分は殿下のせいだったんですもの。貴女が思い詰めるのも無理はありませんわ」

「え?僕?」


不思議そうにする殿下にはイライラするが今は落ち着こう。


「そうですよ。好いた男がいつも他の女の話をしていたら、誰だって嫌な気持ちになるんです。私は仮にも婚約者でしたから、彼女はいつか捨てられるのでは、自分は遊びなのではと、不安で仕方がなかったでしょう。ただでさえ殿下は浮名もありますし。それをずっとグラス男爵令嬢は、我慢して耐えていたのですよ」


言い含めると、アーホン殿下はどんどん悲痛な表情になり、グラス男爵令嬢は涙目になった。


「そうだったんだ。ペネロペ、ごめんね。僕、そんな事もわからなくて」

「私もごめんなさい。ちゃんと言えなくて」

「そうですね。アーホン殿下はこのようにわからんパァなので、グラス男爵令嬢が導いて差し上げて下さい」

「わからんパァ」

「酷い」

「何が酷いものですか。殿下、もうグラス男爵令嬢を悲しませてはいけませんよ」

「わかってるよ……」

「グラス男爵令嬢も、嫌なことは嫌だとはっきり伝えた方がいいですわ。このとおりのわからんパァですから」

「わからんパァ……はい」


やっと緊張がほぐれてきたようで、グラス男爵令嬢がお茶に手をつけた。それを見て空気を入れ替えるために雑談を初めて、なんだかんだ和気あいあいとしてきた。

だが、グラス男爵令嬢はふと沈痛な面持ちになった。


「あの、私の立場で言うのもおこがましいのですが……本当に良かったのですか?」


子どもの頃からの婚約は、知れ渡っている。それが突如白紙撤回され、すぐに殿下はグラス男爵令嬢と婚約。

元々殿下は浮名を流していたし(騙されたからだが)、殿下に浮気されてついに捨てられたとか噂されるのは目に見えている。

それをグラス男爵令嬢は心配してくれているのだ。

彼女だって、色々言われるだろうに、私の心配をしてくれるのだから、本当に良い方だと思う。

口を開こうとすると、先に殿下が言葉を発した。


「大丈夫だよ。ミュゼットの事は父上達が支援するし、ミュゼットもランスロットにアプローチ出来るから」


その言葉に、私は目が点になった。


「な、な、な」

「最初は気のせいかと思ってたけど、最近ミュゼットは、近衛騎士のランスロットの事、ずっと見てるよね」

「殿下!」

「前からランスロットの事チラチラ見てるから、好きなのかなって思ってた。話してくれたらすぐに婚約なんて破棄するのに、ミュゼットが何も言わないから、僕の気のせいかなって思ってた。気のせいじゃなかったみたいだね

「き、気づいて……」

「当たり前だよ。何年一緒にいると思ってるのさ」

「嘘……恥ずかしい……」


羞恥のあまり顔を覆うと、「ミュゼットのこんな態度初めて見た!」と、殿下が大笑いする。殴りたい。

これにはグラス男爵令嬢も「まぁ!」と喜んでしまって、2人から質問攻めにされた。羞恥で死ねる。


その後、殿下とグラス男爵令嬢がチクったらしく、近衛騎士のランスロット・ソーパルメット伯爵令息とお見合いする事になり、無事に婚約することになった。


「おめでとうございます!」

「良かった良かった!ヒューヒュー!」


グラス男爵令嬢はともかく、アーホン殿下本当に殴りたい。


「いつも献身的に殿下を支えるミュゼット嬢を尊敬しておりました」

「私も、いつも凛々しくて忠実なランスロット様に憧れておりました」

「これからは2人でアーホン殿下とペネロペ妃をお支えしましょう」

「はい」


ちなみに私はペネロペ妃の専属侍女となった。これからもアーホン殿下には振り回されるのだろうけど、真実の愛で乗り切ってみせるわ!

真実の愛バンザイ!

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