90.【完】黄金の焼きりんごの祝福を
「……あのさ。俺、そろそろ行こうと思うんだ」
どこへと思いかけて、ビセンテはぎゅっと胸さわぎをおぼえる。
ナイアルの中にいるやつに向かい、ぎいん! と蒼くきっついがんを飛ばした。
「連れてくのか」
「……は?」
ナイアルの身体を借りてしゃべっているやつは、ナイアルのぎょろ目をまるく開けてきょとんとした。
「……あ、ナイアルのこと言ってんの? 一緒に連れてくって?? まーさかぁ、それはないないない。俺だけだよ、一人で行くんだよ。丘の向こうへ」
やたら上品なしぐさで、そいつはひらひら片手を振った。なのでビセンテはきっつい蒼い視線を取り下げてやる。
「……エリンちゃんのことが、心配だったんだけど。春からこっち、ほんとにあの子は幸せそうで嬉しそうで、……もう大丈夫なんだなってわかったんだ。あの三枚目亭主はほんと、どうだか知んないけど。まあ、何と言ってもナイアルがついててくれるんだし、君もアンリも大将も、リフィとケリーもいる。……だからもう、心配はいらないよね」
ふふふ、とやわらかくナイアルの顔が笑う。
さみしそうだったが、晴れやかでもあった。
「……さよなら、ビセンテ。元気でね、……ああそうだ。俺がこうして居たことは、エリンちゃんやナイアルには言わないでおくれ。ナイアルのやつ、じんましん出して怖がるだろうからさ! あはははは」
最後にのんきな声で笑って、そいつはかくり、と頭をたれる。
ビセンテは引き続き、りんごを噛んだ。噛みながらりんご片手に立ち上がって、しゃがんだままのナイアルの元へ歩いてゆく。
……にぎっっ! ナイアルのうなじの中心に、空いている方の右手親指を強く押し付けた。
「うおッッ???」
途端、ナイアルはがばりと顔を上げた。勢いがよすぎて、とすんと後ろへ尻もちをつく。
「なんか、ぼーっとしちまったぞ!? ……つうかビセンテ、何さっそく食ってんだお前は。熟していないくだものを食ってはいかん、腹を下してしまうぞッッ」
「それは、生でたくさん食べた場合ですよー。しっかり火を通せば、大丈夫でーす」
巨大な籠をさらに二つ両手にさげ、アンリがとことこ歩いてやって来る。
「さあっ、張り切ってどんどん拾いましょ~う!!」
「お前、これ全部を蜜煮にすんのか?」
いつもの調子に戻って、ひょいひょい地面のりんごを拾い上げながら、ナイアルが問うた。
「ええ、大部分はそうします! けど、ひと籠分だけは残しておいて……」
くくく、と料理人は不敵に笑った。
「お姫さまとお客さまが喜びそうなやつを、作るのでーす!!」
ぺかーッ!!
金月の由来となった、黄金色のあたたかい陽光を照り返して、アンリは頬をかがやかす。
その頭上、枝の間にたわわに実った紅いりんごに、そっくりだった。
・ ・ ・ ・ ・
“金色のひまわり亭”厨房の食卓には、逆さにした蜜煮の壺が数十も並べられていた。
あとは焼き上がるのを待つばかり。旧式の天火の中で焼きりんごが金色に輝いているのをよくよく確かめてから、アンリは鉄の扉を丁寧に閉めた。ゆっくり振り返る……大きな卓子の周りに座した、店員一同と向かい合う。
「えーと、お話切っちゃってごめんなさい! お姫さま。どうぞ続けて下さい……大事なお知らせって、なんでしょう?」
りんごそっくりに赤くてかる頬、のどか平和に言う料理人。それに負けぬ勢いで白い頬を紅くしたエリンが、緊張した面持ちで言った。
「ええ。……じつはお腹に赤ちゃんができましたので、皆さんにご報告します。産婆さんによれば来年春の白月出産ということで、その前後に長いお休みをいただくことになります……」
がこ! がこがこ、がこーッ!!
アンリとナイアルとダンは、同時に口を四角く開けた。ビセンテだけが、険の入っていないぶっちょう面でうなづきながら、しゃくしゃく生りんごを咀嚼している。
「……皆さんには、ご迷惑をおかけしますが……」
言ったエリンの背中を、ナイアル母がさすっていた。
「何も心配は要りませんよ。お店には、あたしとリリエルが毎日来るしね。……そうだ! ミオナちゃんにも、ちょいちょい来てもらったらどうかね? ナイアル」
「……」
ぐわぁと最大限に見開かれたナイアルの翠のぎょろ目から、ぶわりと涙がふき出す。
がたがたたッ、席を回り込んで行き、隣の母ごとエリンを抱きしめた!
「良かったなぁぁぁぁぁ!! お姫いいい」
本当は人情家の副店長、こういうところに実はものすごく弱い。
「お姫さまぁぁぁ!! おめでとうございますぅぅぅっっ」
反対側から料理人が腕を広げ、エリンを抱きしめる!
「えーっ、ちょっとあんた達ッ」
次々と覆いかぶさるビセンテ、そしてダンの抱擁の中で、ナイアル母は悲鳴を上げる。すごい圧迫だ!
「くるしいよッ」
「暑くるしいわっっ」
抱擁の核部分で、エリンが笑っている。
「俺たちのお姫さまが、あらたなる腹ぺこちゃんを産んでくださるのでーす!! 超絶たのしみですよーっっっ」
うれしさ爆発! これまでにない赤さで、焼きたて顔をてからせる料理人の背後。
天板にのせられた焼きりんご達が、黄金の如くに輝きながら彼らを……“金色のひまわり亭”一同を、祝福していた。
【完】
〇 〇 〇
はい、皆さんお疲れさまでした! おそまつ様でした! 俺の壮大なる鍋叙事詩におつきあいくださり、まことにありがとうございました。
いや~思い起こせば2年くらい昔の話、『海の挽歌』の最終章まぎわを書いてた門戸さんがね、こんな風にうじうじしていたんです。
「こんなに楽しい物語とお別れしたくない。ていうか終わらせたくない……」
冗談じゃないですよ、漫画であれだけエターナルしちゃったのに小説きても繰り返す気ぃ!? って! もうこれは俺が一発焼き目を入れるしかないと思いまして、領界こえました! 門戸さんの夢まくらに立って、平鍋ティー・ハルをつきつけこう言ったのです……。
「別れるのがつらくって、終わらせたくないようですが。そうなると俺のお店は永久に実現できません……。お願いします、≪金色のひまわり亭≫のために! とりあえずの完結! させてくださーい!」
その翌月に門戸さん、ちゃんと『海の挽歌』ラスト到達したんですよー! 素晴らしい、っていうか陰の功労者の俺もワンダフル! どすと出汁はきかせよう!
まあそういう結果の本作なわけです。念願のお店をだせてほんと満足、おいしく食べてもらえたらさらに恐悦至極! でも売り上げ集客数はまだまだなので~、仕込み直してまたお鍋の季節に還って来ますね、皆さんのリピートご来店もお待ちしております♪
そうそう、特典のお知らせがあったんでした。本作『金色のひまわり亭♪』を読んでくださった皆さまは、門戸さんの次作『冷えひえカヘル若侯の巨石事件簿』シリーズが一段とおいしく読める設定になっています。だいぶ雰囲気ちがいますけど、コージーミステリーなのでおいしいものもいっぱい登場! よかったらぜひ、そちらにも触れてみてくださいねー。シリーズ第一弾の『天と地の間にメンヒル/巨立石、君がいる』は、1月17日スタートです。俺も野次とばそうかしらん。
それでは皆さん! お鍋の季節に、またお会いしましょう~~! 料理人アンリでした。 腹ぺこちゃん、ジュッテーーーーム!!!(絶叫)
(アンリ)




