9.毒まき犯人を迎え撃て
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テルポシエ市からぐっと東、シエ半島にある“岬の集落”には、ビセンテがするめの脚部分を噛み終わったあたりで着いてしまった。
風よけのためにがっしりと組まれた平石積みの塀が長く連なる村道、夏の花鉢が出窓や玄関先をいろどるしっくい小家の立ち並ぶ岬の集落は、陰険な事件があったにもかかわらずやはりのどかな外見だ。
村の中心部分にある広場に馬車を駐めると、すぐ脇にある石組み小屋……集会所の扉が開いて、わらわらと人々が出てくる。
「こんちは、みんなー! 待ってたよ!」
真っ先に近寄って来たのは、東部系の若者……。松葉型のまゆ毛が何とも目立つ、“第十三遊撃隊”秘蔵っ子・イスタである。
「よう、イスタ。詳しい話は聞いたぜ……。皆さん、ご災難でしたね」
如才なくナイアルに言われ、イスタの後ろに続く人たちが力なく微笑み返す。
日に灼けたおじさんおばさん、若者ら……。村の農家たちである。皆一様に、不安にかられた様子だった。いかつい初老の男性が進み出てくる。
「ナイアル君。やられたのは、全部村はずれの畑なんだ」
自身も玉ねぎ畑を耕している、村長さんである。
ミサキお婆ちゃんは馬車を置きに自宅へ帰り、“第十三”の面々は集会所の中へ入った。木の卓子の上に、村内全戸の位置をしるした大判の地図布が広げられている。
「……黒石をのせたところが、おとつい被害に遭った三軒だ。池の脇のミノーさんち、森ぎわのロッシナさんち、西の村境にまたがるあたりのウレンさんち」
「見事にばらけてるな、村長さん?」
ナイアルの脇から、アンリも地図布をのぞき込んでみた。彼は地図の読めない男として有名だが、その料理人の目にも、三つの黒石がきれいな正三角形をつくるが如くに置かれているのが、見てとれる。
「そうなんだ。だから、次にどこの家の畑に毒がまかれるかさっぱり見当がつかないし、自警団の見張りを置こうにも、どこに配置したらいいのかわからないんだよ……」
「先に被害に遭った、北の辺境集落の例から考えると、二回目・三回目の襲撃があるのはほぼ間違いないんすね?」
「ええ。そうやって村全体の畑を、まんべんなくだめにされてしまうという話よ」
りんご果樹園を営んでいるおばさんが言った。
「でも狙われるのは、市場に出しているような農家の大きな畑ばかり。うちで食べる分をつくるだけの小さな家庭菜園は、無視されるんですって」
副長ナイアルのぎょろ目が、きらっと翠に光る。
「……最近、妙な出来事はありませんでしたか?」
卓子のまわりに立つ人々は、首を横に振る。
「不審な人物や、見慣れない行商人なんかを見かけた人は?」
――俺たち以外でね。
隊長ダンが、心中でナイアルの言葉に付け加える。自覚は一応あるらしい。
「あ、あのう……」
村長さんの後ろ、おずおずと声を上げた者がいた。長ねぎ農家の息子である。
「すみません……細かいことなんですが。僕、ちょっと気になったことがあるんです……」
ナイアルと村長にうなづかれ、青年はもじもじと両手を揉みしだきながら話し出した。
「先週、市の立った日、買い物客の中に東部系の……北部穀倉地帯の服を着た、三人組がいたんです」
一概に、テルポシエを含むイリー人には金や栗色など、明るい髪の人が多い。対して東部系の人間は暗色髪、イスタのように漆黒に近い場合もよくある。見分けるのは容易だが、長ねぎ君が見た三人は加えて派手な柄入りの外套上衣を引っかけていたので、北部穀倉地帯に住む者たちと知れたのである。
「そのうち一人が、前にうちで働いていた出稼ぎのおじさんにそっくりだったんです。僕もお客対応していたし、間近できっちり見たわけじゃないんですけど……。でも傍目に、あれっと思うくらい似てたんですよ」
「ほー……。三人組は、何か探している風だったかい?」
「いいえ、大手の野菜農家さんの出店ばっかり、遠目にじーっと冷やかしている感じでした」
「変ですね、ナイアルさん? イリーに移住してきた人たちならともかく、北部穀倉地帯の人間がこんな所まで野菜を買付けに来るなんて、ありえませんよ」
「……」
首をかしげるアンリに、ナイアルは返答しなかった。
料理人の指摘はもっともである。テルポシエから北上する街道を、ずっと行った所にある北部穀倉地帯は、一大食糧生産地だ。イリー都市国家群へ大量に作物輸出をしているが、彼らが反対方向の輸入をすることはまずない。
「……まあ、搬入業者が商談ついでに現地市場調査をしてた、って可能性もある。そんなにおかしいことじゃない、……けどありがとな。長ねぎ君」
青年は恥ずかし気に頭を下げた。
「村長さん。今夜はここの皆を何人かの組に分けて、おとついやられた農家の隙間部分を順繰りにまわってもらったらどうすかね?」
村の地図の上に手をのばし、置かれた黒石を指で示しつつナイアルは言った。
「そうするしか、ないよね」
「あと、村の皆には窓辺に灯りを置いてもらって、どこの家も起きていると見せかけましょう」
トマロイ青年も声を上げる。
「うん、村中に言ってまわるよ。それでナイアルたちはどうする?」
イスタに問われ、ナイアルは斜め後ろのダンを見上げた。
「俺らは遊撃隊らしく……。その外回りの境界線をまわる。いいっすね、大将?」
ダンは副長にうなづき返す。徹夜になる恐れあり、寒いし雨も降るかも、色々めんど臭そうだが……そもそもの反論がさらにめんど臭い。よって判断も責任も副長任せ、相変わらずついてく専門の隊長である。
その時獣人ビセンテは、集会所の扉の外側でするめ本体に取り組んでいた。
噛みつつ、大気のきな臭さに眉根を寄せて、ぶっちょう面をさらにしかめている。ごくごく微かに風にまじる殺虫毒のにおいに、鼻しわを寄せている……。