表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/90

87.林檎の樹の上で

 

・ ・ ・ ・ ・



「ミオナ、ようー」



 “金色きんのひまわり亭”、旧アリエ邸の裏庭は広々としている。


 みどりのぎょろ目でナイアルがあたりを見渡しても、少女の姿は見当たらない。


 庭の西側、菜園の一画を通り過ぎる。


 ……にゅう。ずんぐり背高い花たまなの株の後ろから、むさ苦しく獣人が顔を出した。麦わら帽子が牧歌的だ。



「げっ、ビセンテ……?」



 獣人が無言でしゃくったあご先の方向に、ナイアルは目をやる……。林檎りんごの木の枝から、ぶら下がる足が二本みえた。ミオナだ。


 早足で近づいて行く。


 この庭の中で、一番ふるくて大きな樹である。



――大人が一人ふたり乗ったって……折れやしねぇな。



 確信してから、ナイアルは声をかけた。



「俺もそこ、行っていいか」


「……」



 こちら側に背を向けて、ミオナの表情はわからない。


 娘の腰かけた太くたくましい枝、その脇の木股部分に両手をかけてひょいと登ると、ナイアルはミオナの顔をのぞきこむ。


 泣いてはいなかった……。いつも通り、分別くさく大人びたまじめな顔つきで、ミオナはナイアルをじっと見返してきた。



「アンリさんがね、味見させてくれたの」



 その娘が、落ち着き払って言う。



「?」


「玉ねぎとにらねぎ。あんまり辛くて、涙が出ちゃったの」



 かくん、ナイアルは脱力した。



「じゃ、何で逃げた」


「おねぎで泣いてるとこをナイアル君に見られたの、とっても恥ずかしかったから」



 なーんだ、ナイアルは一挙に安堵する。



「俺ぁてっきり、アンリのやつが熱にまかせて、料理関連できっついことをお前に言ったのかと思ったんだぞ」



 実は料理人には前科があった。むかし、岬のお婆ちゃん宅でイスタと下準備をしている時に、情熱のあまり延々と玉ねぎに関する独白を重ね続けて少年を閉口させたのである……。イスタはさらっと流せる才覚を持っていたが、ミオナはまじめに受け取りすぎて辛かったのではないかと、副店長は勘ぐっていた。



「あのな。俺の前なら、なみだ鼻水どんだけ流したって構やしねぇんだからよう。隠れたり、どっか行っちまうのはやめてくれ。でないと俺は、心配で腹を下してしまうぞ」



 ぷっ、娘は口角を上げた。



「泣いちゃうの、みっともなくない?」


「良いんだ。泣きたいときゃぁ、存分に泣け。他のうちではどうだか知らんが、俺っちは我慢してるやつをみる方がよっぽど切ねぇよ。そのためにテルポシエ男児は、手巾装備してんだからな」


「ふーん……」



 どことなく、うつろな答えが返ってくる。


 少女の目線は少し上の方、緑のりんごがたわわに実った枝々のさきに向けられていた。葉陰にかくれて小さくもり上がった、やどり木を見ている。


 そこからすっと視線を落として、ミオナはやぶからぼうに問うた。



「ナイアル君て、お嫁さんもらわないの?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ