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86.乙女心にうろたえる料理人

 

「アンリさん、あのね。……わたしね、ナイアル君のお嫁になりたいの」


「ほ~~? どこのナイアル君?」


「ここのナイアル君」



 びしーっっっ、びしびしびしッ。


 料理人の顔が引きつり固まり、つやとてかりがこそげ落ちて、頬にひびが割れ入った。いや、もちろん抽象表現である。


 口を四角く開けたまま、料理人は目の前の少女の顔をじーっと見つめた。



「冗談ゆってるんだよねぇ?」


「まじめなの」


「……えーとー……。あの人若みえだけど……、ナイアルさんの年齢とし、知ってる?」


「……」



 少女は深くうつむいた。


 アンリは蒼ざめつつ、脇にどくどく冷や汗を流している。



――ど、ど、ど、どうしよう……。大昔、いとこのイームちゃんに色白男子への恋を打ち明けられた時は、大平鍋をふって応援するよと言えたのだが! こんないたいけで可憐な若い子が、ナイアルさんに……。いや、大人として止めなければいかんだろう!? よりによって……あのナイアルさん! 納戸おじさん※のナイアルさんッッ!!



 ※これは表現上まちがってはいない。ナイアルは出征後の十数年間、実家に住まなかったゆえ、母が息子の部屋を孫娘リリエルに与えてしまっていた。と言う訳で現在ナイアルは乾物商“べにてがら”のお納戸に起居している……。


 西国で王妃の納戸を在所としている某伝説の傭兵とちがい、ほんとの納戸住まいである。そして姪のリリエルから見れば、ナイアルは紛れもなく叔父、正真正銘の“納戸おじさん”なのだ。



――と言う風に、しつこく言うけど納戸おじさんのナイアルさん! うっかり一緒になっちゃったら、何をどうしたってミオナちゃんは不幸になるしかないじゃないか!!



 その根拠は何なのだと問いたいが、料理人に相変わらず悪意は全くない。胸をふるわせながら、アンリは少女に語りかけた。



「……ナイアルさんは、きみにとってはもう良いおじさんでしょ。ミオナちゃんが大人になる頃には、おじいさんだ。年上すぎるんだよ……。きみには、同じくらいの男の子がいいんだよ。他にすてきな人が、後々きっとみつかるから……」



――だから、目を覚ませええええ!! 覚ますんだ、ミオナちゃぁぁぁぁん!!



 内心では叫びたいくらいのアンリである。



『その通りじゃあああ! 今回ばっかしは、こいつの言ってることが正しいぃっ』



 料理人の心の絶叫に呼応して、かまど前の壁にかけられた相棒の平鍋・“正義の焼き目ティー・ハル”もまた、ぷるぷる身を震わせていた。


 ミオナは卓子の上で両手をあわせて握りしめ、赤い顔をますますうつむける。



「……気の迷いだよ、ミオナちゃん。忘れてしまいなさい、ね……。俺も誰にも言わないし、いま聞いたことは忘れちゃうから……」



 ぽた、ぽたた……。


 涙の粒がふたしずく、続けざま卓子の上に散った。



「えーっ、うええっ、ちょっと!? そんなぁ、泣くほどまでにぃぃぃぃ!?」



 女こどもから偏屈老人まで、客あしらいのうまいアンリもさすがにうろたえて腰を浮かす。調理台のふきんに手をのばしかけた時、ぱたたと足音がして厨房に入って来る人影があった。



「よう、新しい手巾類の配達が来てたぞ……って? おう、何だどうしたんだミオナっ」



 はっと顔を上げた少女は、顔色を変えた副店長を見てくるりと席を立つ。ものすごい素早さで、厨房の裏口から外へ出てしまった。



「アンリ! お前あいつに、きついことでも言っちまったのか!?」



 木箱をがたんと床に下ろし、ナイアルはぎろりとアンリをにらんだ。



「いえいえいえッ!! 逆に俺はミオナちゃんを、きっついいばらの道から救いたくてッ。誤解というか、なんと言ったらよいのかぁッッ」



 ふるえ上がる料理人の輪郭は、いまやうす墨・波線描写になっている! ああ、とても本当のことは言えない。



「っっかーっ、仕方ねぇなあ、もう……!」



 副店長は勢いよく、厨房裏口を飛び出した。




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